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孫の夏休み

 8月8日 台風12号から逃れるように長野へ向かった。今回は3人の孫達が山小屋で夏休みを過ごすことになった。ただ息子達家族は斑尾高原のホテルに宿をとった。

 山小屋に着いてから買い物のために飯山のスーパ−ベイシアへ行った。バ−ベキュ−用の木炭を買い食材を買って車に戻ると妻から電話が来た。息子達家族もベイシアにいるとのこと探すと買い物をしていた。偶然の出会いであったが孫娘も元気に今回の旅行を楽しみにしていた。最後に花火を買って山小屋へ戻った。

 「ワア-これが山小屋ですか?本格的なログハウスですね!」息子の嫁さんも感心している。山小屋と聞いていたのだが3階建てのログハウスとは思っていなかったようだ。「素敵ですね!」どうやら気に入ったようだった。もう22年も前に姉が中心になって作った山小屋だ。孫達が利用してくれれば姉も喜ぶ。

 早速バ−ベキュ-を行った。大人7人子供3人の大勢でのバ−ベキュ−だ。幸い雨も降らずに楽しむことが出来た。9時ころより花火をしてその日はお開きになった。私は息子の家族を斑尾高原まで送ってきた。

 8月9日は孫達は新潟の海へ行った。親不知の海水浴場は奇麗な海だったがその日は波が高く水泳は禁止だったそうだ。仕方が無く波内際で遊んで能生の海水浴場へ回ったそうだ。そこでボ−ト遊びや泳ぎをやってカニを食べて山小屋へ戻って来た。

 私と妻は午後から畑に行きミニトマトやニンジンを採った。またツルムラサキも収穫した。その後牟礼の畑へシャインマスカットのぶどうを見に行った。牟礼はやはりバラツキがあり成長具合に差がある。ついでに須坂の畑も回った。こちらは順調でたぶん良いぶどうになるだろう。同じ作業をしても須坂は順調に育ち、牟礼は落ちこぼれるのはなんとも残念であるが自然の力には逆らえない。仕方が無いんだと自分を納得させ買い物をして山小屋へ戻った。

 バーベキュ−をしながら友人へ電話した。「まだブル−ベリ採りは出来ますか?」「もう最後だが下の方にはなっているから採りに来らっしゃい!」「それじゃ明日孫達を連れて採りに行かせてもらいます!」それで10日は朝ブル−ベリ−採りをすることになった。9時過ぎに花火をして解散となった。横浜の孫娘は山小屋に皆と泊まりたいとぐずったが斑尾高原へ帰って行った。

 10日は朝9時半に皆で落ち合いブル−ベリ採りを行った。孫達も大張り切りだった。初めて体験したのだが良い経験になったようだ。友人の家族も採りに来ていた。ブル−ベリ畑はにぎやかだった。孫達はこの後戸隠の「ちびっこ忍者村」へ行った。アスレチックをするのだが横浜の孫はここでサヨナラして横浜へ帰って行った。盛り沢山な夏休みの思い出となったことだろう。

 浦和と世田谷の孫は童話館へ行き夜の飯綱高原の花火大会を観て夜10時ころ戻ってきた。これで今回の夏休みは終わった。

 翌日弟の家を訪問し帰京した。良い夏休みの思い出を作れたと思う。

記念誌

 八月になっても猛暑日が続いている。何もやる気が起きない。こんな調子では長野の田舎へ行っても動けるか危ぶまれる。今夏は孫達との遊びを優先させ、5日のソバ種まき会は欠席とさせてもらった。今年のジャガイモの出来具合は良くないようだ。一生懸命草取りや土掛け、追肥と世話をしたのに管理人の友人はさぞ落胆しているだろう。三重に在住の同級生の彼女から評価されないことになってしまう。「ジャガイモの大きさで結婚を判断するからね!」春の同級会でからかわれている。

 それはともかく、私は「教会の記念誌」を頼まれており、考えがまとまらなくて困っている。自分は編集の能力は無いことは分かっている。この暑さの中で集中力も欠け、引き受けたことを後悔している。救いはまだ時間があることだ。約2年が残されている。他教会の記念誌を見ていると立派な編集で、さすが教会の記念誌だと感心してしまう。とても自分にはそんなセンスもないし信仰心の薄い自分にはできないのではと思えてくる。

 ただ一つ違うところは、自分だったらもっと読みやすく親しみやすい記念誌にするだろうと漠然と考える。素人が教会の記念誌を作ること自体間違っている気もするが、素人だからこそできる視点があるとも思えてくる。記念誌の性格上必須アイテムがあるがやはりこの記念誌の目的を明確にしそれに沿った編集が必要だ。目的は「将来、未来の読者にキリスト教の素晴らしさを伝えることだ。」たぶん将来の子供さんやキリスト教を学ぼうとする人々が理解できる文章で興味を持って読んでもらえるように出来たら最高だ。

 しかしすべての文章を自分で書くことはできないし、先輩諸氏や執筆依頼したものを添削するのも失礼に当たる。自分は文章の専門家でもない。多くの人に寄稿して頂き記念誌は出来上がる。皆さんとの理解が大切だ。真夏の妄想が続く。

孫娘

 このところ夏バテ気味だ。疲れて何もできない。7月は動きすぎたかも知れない。また暑いせいもあるが寝ても疲れが取れない。食事も美味しくない。

 夏休みになり、28日に世田谷の孫娘が遊びに来た。この娘は疲れを知らない。あらゆるものに興味があり次から次と遊びを考える。最初はカルタに興味を示しカルタ遊びをした。まだひらがなを覚えていないので絵でカ−ドを取る。「次はシルバニアで家を作るよ!」洋風のプラモデルの家の周りに木や子供を配して遊ぶ。「かくれんぼをしよう!ジジは鬼だよ!」人形を使ってかくれんぼ遊びだ。

 ベランダの琉球アサガオの花を見つけ「花を採っても良い?」「いいよ!また明日花が咲くから!」アサガオの花をピアノの上に飾り写真を撮れと言う。自分が手に持ってポ−ズを決めている。

 そのうち梱包用の幅30cmほどのエア−マットのロールを私の部屋から見つけて来て「これ頂戴!」「いいよ。少ないからあげる。」それを持って下の和室へ行き畳の上に2mほどのマットの道を作った。「ジジこの上で汽車遊びをするよ!」と言って私を後ろに並ばせる。「前よし!」「ジジは後ろよしと言って!」そして「出発進行!」マットの上をシュシュポポと機関車が走る。何回もやらされるので疲れてダウンしてしまった。

 「こんどはお絵かきしよう!」クレヨンと紙を持って来て「ハイ、ジジは木を描いて!」「次はキツネを描いて!」「次はちょうちょを描いて!」と次々と注文が来る。自分はウサギと女の子と太陽の絵を描いている。「ハイこれらをハサミで切ります!」と言って余分なところをカットしている。「そこにノリを付けます!」と言って裏側にノリをつけて大きな箱型の紙袋に貼って行く。

 「ハイ皆さんそこに座ってください!」私と妻は畳の上に座らされた。「これから女の子のお話が始まります!あるところに可愛い女の子が居ました。外に沢山の動物がいたので外へ出てみました。、、、」みると先ほど描いた絵が物語のスト−リにならって箱型の大きな紙袋に貼られている。そうか紙芝居みたいにするために絵を描かされたのだ!初めて気づいた!紙袋の裏側には空が曇り、雨が降っている。カミナリの黄色い線も描かれている。女の子が雨で戸惑っている。絵にならってナレ−ションが続き紙芝居は終わった。想像力に富んだ娘だ。

 5歳になった孫娘は疲れを知らず次から次と面白いことを考える。母親一人では相手が務まらない。私には本当に懐いている。「こんどまた長野の田舎で遊ぼうね!」そう言って別れた。

食事当番

 東京は連日猛暑日が続いている。こんなことは過去なかったそうだ。湿度も絡んで身体にまとわりつく暑さは耐え難い。田舎とは大違いだ。長野から帰ってすぐ教会の食事当番だった。先月は休んだため今月は担当しなければならない。メニュ−は中華丼とした。一人でこなすのは大変なので女性一人の助っ人をお願いした。

 この暑さの中、中華丼は合わないのではとも思ったが、30食を作るには作り慣れたものの方が安心だ。お年寄りが多いので消化にもよく栄養も摂れるはずだ。それに生姜の千切りをゴマ油で炒め水で煮込んでコンソメで味をつけ最後に溶き卵を流し込んだ中華ス−プを添えた。さらに長野の郷土料理である「やたら」の漬物を出した。1時間ちょっとで準備は整った。

 皆さん大変美味しいと喜んでくれた。「男性の時はいつも美味しいのよね!」おばあさんがほめてくれる。後片付けをしているとアメリカから家族で見えたダニエル君の奥さんが近づいてきて「漬物がすごく美味しかった!」と声掛けしてくれた。「長野の郷土料理で、キュウリ、ナス、ミョウガを刻み味噌漬けで味付けします。夏野菜が沢山採れたとき作ります。」「教会にもミョウガが有りますよ!見ていきます!」司祭さんの奥さんが案内していた。友達同士なのだ。アメリカ人の旦那様も司祭をしているそうだ。二人のハ−フの子供はとても可愛い。中華丼を家族で楽しんでくれたようだ。

叔母の小旅行

 7月16日、叔母を迎えに行き,9時に長野へ出発した。この春には長野の田舎へ行けなかったので是非連れて行って欲しいと言う。17日に89歳の誕生日を迎える。「これが最後かも知れない?」と今回も言っている。「大丈夫だよ!100歳まで長生きするのだから行けるよ!」最近身体が弱ったと嘆いてばかりだ。

 山小屋では姪夫婦が掃除をして待っていてくれた。叔母は山小屋はすべて拭き掃除をしないと住めないと言っている。元気なうちは自分でしていたが今は姪に頼んでいる。布団もすべて乾燥させて持って来てくれていた。姪の旦那さんは大工の棟梁だそうだが寡黙な職人さんのイメ−ジだ。「どうも有り難う!急なお願いで申し訳なかったね。」叔母は感謝している。きっとお礼はしているのだろう。この姪とは気が合うらしい。

 17日は私は須坂のぶどう畑で摘粒と袋掛けを行った。300個ほどかけた。ぶどうの樹に野鳩が巣を作っており2羽雛が孵っていた。私が袋掛けしているのをジ−と見ている。親鳥は心配してぶどうの樹に飛び乗ったりして私を警戒している。出来るだけ驚かさないよう袋掛けしたが巣の周りはできなかった。2〜3日で巣立つだろう。それから掛ければ良い。

 山小屋に早めに戻りバ−ベキュ−の準備をした。今日は弟達家族と叔母の誕生日を祝うためだ。夕方7時近くに弟達が上がってきた。「お肉や野菜を焼くのをお願いね!」高校2年生の弟の孫娘に頼んだ。「今はバスケット部の部長をしているの。この前の文化祭では先生と組んで歌コンに出て2番になったよ!」そう言って舞台で歌って踊る姿をスマホで見せてくれた。歌がうまいようだ。我家系では珍しいタイプだ。今まさに飯山高校で楽しい高校生活を送っている。

 沢山の肉に弟達は喜んでいた。「孫達は肉に飢えているから最高だね!」私が作った焼き肉のタレが美味しいと喜んでいた。「こんど高校でバ−ベキュ−があるからこのタレを作ってあげたい。伯父さんレシピ教えて!」高校生が言う。ハッピ−バ−スデイの歌を歌って10時にお開きとなった。

 18日は牟礼の畑の摘粒と袋掛けを行った。摘粒に時間がかかり200個しかできなかった。牟礼はぶどうには適していない土地なのかもしれない。房のバラツキが大きく出来が悪い。叔母は仲の良い幼友達を訪問した。姪が送迎をしてくれた。

 19日の朝早くブル−ベリ−摘みに行った。叔母も行きたいとのこと連れて行った。「このブル−ベリは酸っぱいね!こんな酸っぱいのは東京の屋上では無かった。」「そんなことは無いよ!これを食べてみて。」「うんこれは甘いね!」とにかくコメントが多くて閉口する。1時間もすると叔母は疲れて休んでしまった。そこへ畑の持ち主の水野さんがやってきた。「こちらの方が大きいからこちらへきて採って!」聞くとブル−ベリ−は20種類ほどあり混栽しないと良く育たないのだそうだ。

 19日も牟礼の畑の摘粒と袋掛けに行った。弟達夫婦も来ていた。ぶどうの摘粒と袋掛けをしたが私は200個しかできなかった。「明日帰るので、もし残ったのはやってくれない。」弟に頼んだ。それでも気になって20日の午前中は牟礼の畑に行き摘粒を行った。山小屋に戻り帰京の後かたずけをして叔母を乗せて午後1時過ぎに出発した。帰途弟の造っている家を見に寄った。叔母は実物を見るのは初めてだ。「ここが千代ちゃんの部屋だよ。横にキッチンとその奥に浴室が来る。床は畳にしようかフロ−リングにしようか迷っている。」弟は説明している。「こんな大きいの!東京の家は狭いから嬉しいね。床はフロ−リングで良いよ。」叔母は思いのほか気に入ったらしい。ログハウスは広いのだ。叔母にとって楽しい旅行だったようだ。「こんなに暑い夏は山小屋で過ごしたいね!」「そうだね。ヨ−ロッパでは避暑を兼ねて長い長い夏休みを別荘で過ごすらしい。来年からは出来るのでは。」

 無事東京に帰った。

魔物

 7月8日も朝7時にブル−ベリ−の畑に行った。昨日は1時間でやめたので再度採り直しだ。ブル−ベリ−は1日でまた新たに熟す。紫色になったものを摘む。東京からの二人も楽しんで採っている。1時間もすると昨日と同じほど採れた。「これでブル−ベリ−採りは終わりにしましょう。後は畑の大根とか野沢菜を採って帰りましょう。」「ジャガイモもできているから持って帰ってください。」畑のオ−ナ−の友人が言う。実際畑でアンデスという赤紫のジャガイモを掘ってくれた。

 山小屋に帰り帰京の準備をした。荷物を積み込み「涌井の蕎麦を食べて帰りましょう!」と出発した。彼らの車を先にやり私は後ろをついていく形になった。山道を慎重に運転している。しかしもう少しで山道を終え、舗装された大通りに出る所で事故は起きた。先に走っていた車がス−と川の方へ傾き引き込まれるように落ちてしまったのだ。信じられないことが起こってしまった。一瞬心臓が凍りついた。車を停め飛び出ていくと川の中に高級車が横倒しになっており二人が中でもがいている。私はあわてて車のシャ−シ−に飛び乗りドアを開けようとしたが直ぐには開かなかった。「エンジンを切ってください!」と叫びながら再度ドアを引き揚げると少し開いた。でも私一人の力では開けれない。運転者の方が中から足でツッパリ二人がかりでドアを開けた。運転者が脱出して後から助手席の人もシ−トベルトを自ら外して出てきた。

 大変なことになってしまった。運転者は普段使う自分の車(プリウス)で無かったので車幅感覚が違ったようだ。「右側の池が気に成って左側に寄りすぎた。」と語っていた。感心したのは二人とも落ち着いていたことだ。パニックにはならなかった。車の持ち主は「起きたことはしょうがない。どこに連絡しようか?」運転者は「この場合は警察に連絡するのが一番良い。レッカ−車や必要なことを教えてくれる。」それで警察へ連絡し車の引き揚げのレッカ−屋さんを教えてもらった。私は弟に連絡したが「その場合は保険屋さんへ連絡するのが良い。車両保険に入ってなくてもすべてやってくれるはずだ。」私の携帯は途中で電池が無くなってしまい充電してなかったのを後悔する羽目になった。

 1時間くらいで警察官が来た。それから30分ほどでレッカ−車が来た。車検証は車の中なので引き揚げないと取り出せない。お巡りさんも待機する形になった。4トン車のレッカ−車は川のガ−ドレ−ルのパイプが邪魔で現場まで行けないと言う。みるとガ−ドレ−ルには鍵がかかっている。弟が中野市役所へ電話して鍵の有りかを尋ねると「地元の財産区の区長が持っているのでは?」との返事で区長へ電話した。すると「鍵は無いので現場へ行きます!」とやってきてくれた。区長は幼馴染だった。「鍵は壊してもらっても良いです。また付け替えしてもらえば良い。」とのこと弟はバ−ルで鍵を壊しガ−ドレ−ルを外した。

 クレ−ンの付いたレッカ−車は現場へ入ったが今度はクレ−ンのワイヤ−が滑車から外れて巻き取れない。3時ころようやく引き揚げ作業に入った。途中雨が降ってきたりお腹が空いて大変であった。4時半ころどうにか引き揚げの目途が立ち車検証を取り出せた。所有者とともに中野警察へ走った。届け出が終わった時電話があった。「引き揚げ完了したので道の駅で落ち合いましょう!」

 6時半頃レッカ−車に乗った車が道の駅へ到着した。車を東京へ送る手はずを頼み荷物を取り出し無事飯山から7時24分の新幹線に乗ることが出来た。大変な1日だった。

 山小屋に戻ってから考えた。むやみに人様を誘わないようにしよう。この山には魔物が住んでいる。池に引き込まれなくて良かった!一歩間違えば死亡事故になりかねない。怪我もなく車両の破損で済んだのは不幸中の幸いだ。広島や岡山での豪雨災害で多くの人が亡くなったと言う。とにかく皆無事でよかった。

草刈

 7月7日は朝7時にブル−ベリ−採りに行った。友人はすでに来ていてブル−ベリ−を採っている。「おはようございます。早いね!何時に起きるの?」「毎日3時半頃だよ!この列から採って行ってまた登って採って来ると良いよ。」曇り空であるが朝日で東の空は明るくなっている。高原のさわやかな空気の中、貸してもらった籠を首から下げてブル−ベリ−採りを始めた。ブル−ベリ−の木の高さは背丈くらいで作業するのに丁度よい。農家の人はそこまで考えてブルベリ−の木を育てるのだ。

 今回採るブル−ベリ−は早熟品種のようで多くのブル−ベリ−はまだ緑のままだ。紫色になったものを摘んで行くが沢山なっており見逃しも多い。それでも下方向へ採って行き上って戻ってくると30cm四方の籠の半分くらいは採れた。「今日はこれくらいにしておいて明日また採りにいらっしゃい!」友人が言う。8時に上がった。

 山小屋に戻りブル−ベリ−を置いて昨日の牟礼の畑に行った。弟が来ていて自走式の草刈り機で草を刈っていた。「ブル−ベリ−を採りに行っていたので遅くなった。」「草刈り機を持って来てあるから気を付けて草刈して!」そう言って弟は家に帰って行った。広い畑の草刈をするのは大変だ。でも今回の支援隊は草刈りをしてみたい希望なのでビ−バ−と言う草刈り機と自走式の大型草刈り機で二人は草刈に挑戦した。私はりんごの摘果をすることにした。

 遠くに上信越国立公園が広がる。志賀高原や笠だけ、熊の湯、菅平の山並みが連なる。反対側には斑尾山、妙高、黒姫、戸隠、飯綱山の北信五岳が聳える。景色は良い。コンビニで買った弁当を食べながら3時まで作業を行った。二人は完璧に草刈りを行った。お蔭でリンゴ畑とぶどう畑は奇麗になった。「有り難うございました。これで今回の農作業は完結しました。まだらおの湯へ行って山小屋へ引き揚げましょう。」汗びっしょりになった二人を乗せて帰ることにした。

 途中弟が造っているログハウスを見学した。「もう2年半になるがまだできていないんです!叔母が怒っています。」「これを一人で造っているのですか?」「金が無いから基本的に一人でやっています。」私は随分手伝わされた。今は内装を行っている最中なのでこの秋には完成するだろう。二人とも驚いていた。「どうぞお礼にそこのりんごジュ-スとワインを持って帰ってください。」弟の手作りのジュ−スをあげていた。

 まだらおの湯に入り山小屋に戻った。夕方からバ−ベキュ−をした。沢山話しながら宴会となった。充分満足した1日となった。幸せな気分で10時過ぎに眠りについた。

農業支援隊

 7月6日は教会の2名の方が農作業支援に来てくれた。1時半頃到着した。まだらおの湯でざる蕎麦の昼食をとり山小屋へ行った。「どうします?雨が降らず農作業が出来そうですが牟礼の畑へ行って見ます?」「もちろんです。農作業をやりましょう!」元気よく返事が返って来た。3時ころ牟礼の畑へ着いた。

 弟も来て「ジベレリンをやってしまいましょう!」とまだ濡れているぶどうの房をジベレリン液に浸けている。それで皆でジベレリン処理をすることになった。東京からの2名の方も手伝ってくれ夕方には終えることが出来た。「私は雨男なんですが見事に止んでくれましたね。これで雨男は返上だ!」1名の方は成果に喜んでいる。「有り難うございました。これで今回の目的は達成できました。あとは明日草刈でも体験してもらいます。」

 夕方「まだらの湯」へ行き温泉に入り山小屋へ戻った。「またいらしてください!」受付の女性が笑顔で挨拶している。「また来ますよ!」東京からの2名が気持ちよく返事をしていた。また少し雨が降ってきた。

 山小屋に戻ってからバ−ベキュ−の準備をした。ベランダにコンロと炭を持ち出し2名はビ−ルを飲みながら肉や野菜を焼いている。「最高だね!こんな自然の中でバ−ベキュ−しながら週末を過ごせるなんて幸せだ。」私はタレを作って合流した。「明日は朝7時にブル−ベリ−採りに行きましょう。友人が先に行って待っています。」「大丈夫です。朝食抜きで行きましょう。」「いや、朝ご飯はしっかり食べていきましょう。」宴会は9時まで続いた。

道普請

 7月5日は雨だった。飯山・中野地区には大雨警報が出ていた。思えば昨年もこのころ大雨が続いた。須坂の畑に着くとシャインマスカットは随分成長していた。2回目のジベレリン処理から10日も経つので大きくなって当然なのだが昨年よりは早い気がする。「順調に成長しているね!牟礼の畑は雨なのでジベレリンはできないね。」弟に電話した。「雨の合間を見てジベレリンをやるしかないよ。」自然には逆らえない。

 牟礼の畑に行って見るとぶどうは少し大きくなっている。2回目のジベレリン処理を早く行った方が良いと思われる。しかしぶどうは雨で濡れ水玉が各粒にぶら下がっている。これではジベレリン処理しても液は流れてしまう。様子を見て行うしかない。今回の目的は2回目のジベレリンと粒揃いだ。

 山小屋へ向かうと道路に水が流れ川のようになっている。しかし前回、上から流れてくる水を、林の中へ引き込む水路を設けたお蔭で大雨にも拘わらず道路を流れる水量は減っている。大いに効果はあった。それで道路の側溝の泥をさらい、道路を川になって流れる水を側溝に引き込むように水路を設ける作業を500m位下の平らになるところまで行った。道路が削られるのを防ぐためだ。舗装されてない長い傾斜の林道は下が粘土質なもので水が川のように流れ道路が掘られる。がたがた道になってしまうのだ。

 水が溝に流れるのを確認して山小屋に行った。道路も手入れをしないと荒れ放題になってしまう。道普請が出来た。

ブル−ベリ−狩り

 6月26日。牟礼のシャインマスカットの一回目のジベレリン処理を終え、ソバの会の畑に向かった。草取りとお土産用の大根、野沢菜を採るためだ。そしたら友人の松野君がトラクタ−で畑を耕していた。「まだ居たの!ブル−ベリ−が熟したのがあるから採りに行こう!」先日会ったときはまだブル−ベリ−は早いと言っていた。「大丈夫なの。良いのがあれば有難い。」

 ブル−ベリ−畑に行って見ると紫色に熟している樹がある。300本もあるので早く熟すのがあるらしい。「紫になったのは残さず採って欲しい。食べてみて!」食べてみると素朴な甘さがある。今まではブル−ベリ−は酸っぱいイメ−ジしかなくあまり好きではなかった。「これは美味しいね!ブル−ベリ−を見直したよ。」「販売できれば良いのにね!どこか市場にでも出したら?」

 友人は面倒だと言う。「それなら東京の友人達にブル−ベリ−狩りを勧めてみるよ。千円で採り放題でどうかね。」「うん、良いよ。畑を維持していくためには消毒代や手入れが必要だから少しでも販売したい。」話はまとまった。この美味しいブル−ベリ−ならきっと来場者も喜ぶ。1000円ならお土産を買うよりず-とお得だ。近所の人の分まで採っていける。

 「見えるときは前日までに連絡頂戴。お客さんが重なり採るのが少ないなんて言われたら困るから。」「うん、電話するから宜しくね。」ブル−ベリ−狩りは7月一杯楽しめるそうだ。

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