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目標

 今年の年賀状で気になったことは元同僚の皆さんが暇を持て余していることだ。やることが無くて退屈していると言う。気持ちは良く分かる。自由で時間がたっぷりあるのは喜ばしいが、目標みたいなものが無くなると張り合いが薄れる。贅沢な悩みである。

 私も暇を持て余すことが多い。日々料理を作って気分転換を図っているがやらねばならないことが少なく充実感が薄い。取りあえずは体力作りを目標にして散歩を心掛けている。天気の良い日が続き、呑川沿いを早足で歩いたり走ったりしている。

 教会の記念誌作りの年表と解説文はほぼ完了した。編集に向けてペ−ジレイアウトやイラストなどを検討している。「小林さん。来週教会に見えます?年表についてうちあわせしたい。」「来ますよ。発行までまだ2年もあるがこの1年でほぼ完成させねば余裕が無いからね。」

 「小林さん!今度の子ども食堂に来てくれますよね!シルバ−ボランテイアのアイドルなんだから。」「それは来ますよ!休んだら村山さんに叱られますもの。」子ども食堂の責任者に返事をしておいた。知らず知らず教会の活動に引き込まれている。これも姉のせいだ。冬の間はそんなことで時間を費やすことになりそうだ。

照れ屋さん

 2019年の幕開けだ。今は体調も良く新年を迎えられた。幸せなことだ。病気や仕事で悩み苦しんでおられる方も沢山おられるだろう。どうか希望を持って焦らずゆっくりと療養して頂きたい。きっと良くなる日が訪れます。

 2日は我が家の新年会だ。残念ながら息子達一家はインフルエンザの為不参加だ。私も何年か前に正月に風邪をひいて寝込んでいたことがある。元来風邪にはめっぽう強く自信満々だったがどういうわけか風邪を引いた。油断はしない方が良い。

 浦和の孫と世田谷の孫は元気だ。私はいつも「ガオ−」をやらされる。恐竜になって孫達を追いかけるのだが最近では二人にやられている。ボ−ルを投げつけられたり枕でたたかれたり私よりも体力がある。こちらも応戦するが持久力が無い。「ジジは弱い!」と彼らになめられっぱなしだ。取っ組み合いのけんかになるがそれも経験だ。

 娘が見かねて孫達を本門寺へ連れ出した。初詣を兼ねマックへ寄ると言う。暫くは休息出来たが帰って来るなりまた「ガオ−」だ。まあ-自分の意見がしっかり言えるのは大切だ。我が家は引っ込み思案ばかりなので自己主張も必要だ。娘たちに聞いてみると「意外と照れ屋なの!」とのこと私の血を引いているので仕方がない。

 教会の記念誌もアウトラインが見えた。後は体裁の良い親しみやすい冊子にする為ペ−ジレイアウトのデザインをしていきたい。まだ時間があるので余裕だ。この冬はまた英語でも勉強しよう。

年越し蕎麦

 年越し蕎麦を手打ち蕎麦で作った。ソバの会をやっているので年越し蕎麦はお手の物だ。今回は10割蕎麦にした。そば粉は3kgほどあるし沢山打つことも可能だが2人だけなので700gにした。

 最初の水回しは熱湯を使う。次いで冷水で水回しだ。そば粉100gに対し水50ccほどが基準だ。今では大体手で触って分かる。捏ねは多い方が良い。充分捏ねるには200回くらいが理想だが現実は無理だ。100回も捏ねれば充分延びる。

 延し作業は出来るだけ薄くする。1.5mmほどが理想だ。さらに畳んだとき切りやすい形状にする。四角にするのが効率的だ。それから切に入るがこれも1.5mm位の幅が理想だ。どうしても厚くなってしまう。

 最後は熱湯で2分ほど茹で冷水で締める。年越し蕎麦の出来上がりだ。この一年のことを思い出しながらまた来年に思いを馳せながら年越し蕎麦をいただく。ありがとうございました。良い年をお迎えください。

年末

 今歯医者さんへ通っている。3年前に行って以来だ。自分の性格が災いし歯は虫歯だらけだ。叔母曰く「あなたは自制心が無いから駄目だ。身体に良いと思ったら毎日続けるのよ。自分の好きなことだけしているから駄目なの!」おっしゃる通りである。

 「小林さん。前から見たら良く歯磨きが出来てますよ。出血がほとんどしなくなりました。」「お恥ずかしくて。まるで子供ですね。頑張ります。」来年は前歯を3本抜く羽目になっている。とりあえずは入れ歯になるが総入れ歯になるのも近い。胃を無くした上に歯も無くすんだから先が思いやられる。

 歯はもともと丈夫だったが手入れが悪かった。こんなに重要だとは思っていなかった。何事も失ってみて大切さがわかる。丈夫な歯を維持することは大事なのだ。孫達には伝えていきたい。

 もう年末だ。今年もいろいろ面白かった。スキ−部の仲間との奈良・飛鳥の旅は楽しかった。教会のボランテイア-の人は「私も連れて行って欲しかった!」と羨ましがられた。田舎の農作業も良かった。弟の家作りも大変だったが面白かった。東京と長野を行ったり来たり大変だったが遣り甲斐がある。来年も2拠点生活を続ける予定だ。来年も良い年でありますよう!

クリスマス祝会

 昨日は教会で一足早くクリスマスペ−ジェントがあった。小さな子から高校生までマリアや博士、羊飼いの役を演じる。練習する間も無かったようだがそれぞれ上手に演じる。歩き回った2歳の子が台から転げ落ち大笑いだ。子供は自由が本分だ。

 今回は約100人くらいの人が集まった。やはりクリスマスで人が多い。結構なことだ。「マリア様お似合いでしたね!何年になります。」立教女学院の女性に声を掛けた。「もう高校1年です。この教会に来て4年になります。」二人姉妹で教会に来ている。近所に住んでいるので家族で見えている。きっと将来も教会を支えてくれる。

「みなとゆうかちゃんのお爺ちゃん!プレゼントをお孫さんにあげてください!」子供食堂の責任者の司会の女性から呼ばれた。孫は来ていないが家に来た時にあげてくださいとのことサンタさんから有難くいただいた。孫は昨日から熱を出し寝込んでいる。きっと喜ぶだろうと持ち帰った。家に帰ると孫はまだ熱っぽかったがプレゼントに喜んだ。暫くするといつものように元気になった。夜世田谷へ送った。「きよしこの夜」を口ずさみながら家に帰った。

ガスふろ給湯器

 叔母の家はこのところ故障するガス器具が多い。先月は瞬間湯沸かし器が故障しお湯が出ないと言う。寒くなるので急いで探した。安いのはネットで機器を購入することだが取付は資格が無いとだめらしい。自分で交換できるが止めて業者に頼んだ。

 先日は風呂のガス給湯器が壊れた。叔母は近隣のガス器具販売業者に頼んだ。いろいろ探すのも面倒なのでネットで調べた。価格もそんなに変わらなかった。「そこへ頼んだら良いよ。年末なのか工事が混んでいるようなので早くした方が良い。」電話した。「あなたから頼んでくれない。息子だと言ってあるから。」叔母が言うので手配した。高齢の人が自分でいろいろやるのは大変なのだ。仕方なく何かと自分が出かけて行って相談に乗る。

 工事業者が取付に来た。二人で作業して1.5時間で終わった。販売店の担当者が来たので「早く手配してくれたね。助かったよ。」「たまたま予約のキャンセルがあったんです。」「そう。ラッキ−だった。もうこれでお風呂に入れるね。」「ハイ。大丈夫です。」

 ところが叔母から電話がかかってきて「お風呂が駄目だったのよ。スイッチを入れると空気の塊がぼこぼこと出て熱くならないの。」そう言えば確認をしなかった。販売店に電話して直しに来てもらった。原因はパッキンの交換がされておらず空気が入っていたとのことだった。同じ機種なので古い既存のパッキンを取り換えなかったようだ。パッキンは最も消耗や劣化する部品だ。これを交換しないなんて手抜き工事だ。今分かって良かった。叔母の家は古いし来年には田舎へ引っ越す予定だ。「2〜3年持てば良いのだがこれで10年は大丈夫だ。冬の間は東京へ戻って生活すれば。」「寿命はもう1〜2年だと思うよ。衰えが良く分かるの。田舎へ行ったら東京へは戻れないと思う。」この冬は無事に過ごして欲しい。

記念誌

 先週教会の100周年記念誌の打ち合わせがあった。骨格となる歴史年表から整理しているがA4で12ペ−ジにも及んでしまった。それに解説文を付けると25ぺ−ジにもなり長すぎて気が引ける。自分の想いで書いているので記念誌にはふさわしくないとも思える。しかし暇なのは私だけで私がメインで纏めなければならず下書きとして提出した。

 歴史年表では江戸時代末期から現代までの日本史をあらためて勉強することになった。高校の歴史の教科書では近代史は学ぶ時間が無かった気がする。明治の時代までだった気がする。丁度良い機会かと観念してまとめている。

 キリスト教をよく理解していた姉なら書く資格もあったろうが未熟な私では無理だ。でも亡き姉の遺言で教会に行き始めた。姉には何も恩返しが出来なかった悔やみがある。姉の恩に報いるためにも何とかまとめたい。

 「小林さん。物語になっていて面白いと思います。」今までの記念誌とは全く異なり格式は高くないがキリスト教の入門書のようだ。これから興味を持って教会に来てくれる人の理解の助けになれば良い。これから校閲して洗練された文章にしていく予定だ。発行までにはまだ2年の余裕がある。

12月のこども食堂

 12月8日はこども食堂だった。孫娘の幼稚園でダンスの披露があるとかで朝9時妻を車で送って行った。前日孫より見に来て!と言い渡されている。何故来れないの?とまで言われては仕方がない。孫は踊りと翌日の劇を練習がてらやって見せてくれたが面白そうだ。

 私はこども食堂の手伝いに行った。当日のメニュ−は豪華版だった。ロ−ストチキン、キャロットライス、ホワイトシチュウ、それにババロアのデザ−トだ。私はシチュ−担当とのこと野菜のカットから始めた。玉ねぎの皮むきとカットにシルバ−ボランテイアの皆さんが手伝ってくれる。4人とも一人暮らしのご婦人たちだ。「こんなに玉ねぎをカットしても良いの?」「ハイ今日は百人分を用意するんだそうです」「どのくらいの大きさにカットします?」「適当で良いのですが子供の口に入るので小さ目で良いと思います」それが終わるとニンジン、ジャガイモも同様きざんだ。「小林さんは料理されるんですか?」「ハイ毎日やってます」「そういう旦那さんはいいなあ-」お世辞を言ってくれる。

 大きなお鍋で野菜を炒め、ベ−コンを入れてさらに煮込み顆粒のシチュウパウダ−で仕上げた。ロ−ストチキンは前日に味付けしたのをオ−ブンで焼いた。これは40代の若い男性が中心になってやってくれた。「美味しそうな焼き色ですね!」「これを食べやすい大きさにカットしてください!」今度はババロアを作っていた若いボランテイアの方がカットしてくれた。「学生ですか?」「ハイ聖心へ行ってます」「それじゃ美智子様の後輩ですね。お嬢様大学ですね。」「いえ高校なんです」高校二年生とはどう見ても見えないしっかり者の御嬢さんだ。最後の片づけまで手伝ってくれた。

 12時からオ−プンだ。子供達が沢山来てくれた。入り口で子供たちに「ハイ、クリスマスプレゼントですよ!」と奇麗な袋に入ったお菓子をあげた。「どうもありがとう!」子供達の喜ぶ笑顔が可愛い。カウンタ−でトレイに乗った料理を見て「ワア−奇麗!」と小さな女の子が歓声を上げる。これにはお母さんも苦笑い。とにかく今回は今までで一番美味しいと大好評であった。

 こども食堂の責任者は村山さん。市原さんと阿部さんが強力なサポ−タ−。この三人がこども食堂をけん引してきた。開かれた教会を標ぼうする教会にとって大変良い働きだ。「小林さん!シルバ−さんのお茶を手伝ってください!アイドルだから」と市原さんがからかう。お年寄りには人気があるようだ。一緒に休憩室でケ−キをいただきながらコ−ヒ−をごちそうになった。ボランテイの方も皆さんと会話をするのが楽しくて来ているそうだ。楽しい一日だった。

喪中はがき

 11月28日喪中の知らせが届いた。私が入社したころの支店長だった。先祖は会津藩の家老だったと言うが品のある顔立ちと「ものの見方」を一生懸命説く姿が忘れられない。仕事では苦楽を共にしたが良い時代を過ごした。「君は働く人!僕は飲む人!」銀座で良く冗談を言いながら高らかに笑っていた。晩年はお会いしたことが無く残念であるがご冥福をお祈りする。享年90歳だ。

 もう一人の尊敬する技術者が心配だ。昨年お会いした時はやっと歩ける程度で急速な衰えには驚かされた。82歳までは元気でゴルフをされていた。もともとスポ−ツマンで誠実な人柄と真摯な姿勢に魅かれていた。「医者に行っても原因が分からないのです?」何故急速に身体が衰えたかは分からないと言われるが若しかすればパ−キンソン病かも知れない。

 人生を全うし大往生されるのは幸せだ。戦後の貧しく厳しい時代に青春を過ごし、その後の経済成長とともに歩んだ道は平坦ではなかったはずだ。でも総じて良い人生を過ごされた世代だと思われるし、沢山の思い出や影響を与えてくれたことに感謝している。

 宮崎県高千穂で一家6人が殺害されると言う悲惨なニュ−スが飛び込んできた。42歳の二男が殺害し自殺したようだ。原因は分からないが少女も巻き込まれている。武士の遺伝子ではないが日本人は親族を殺害するのに抵抗感が無いのだろうか?人命に対する尊崇の念が薄い気がする。どんな理由があろうとも命は大切にされなければならない。かけがえのない一度きりの人生だ。それを自分の考えで奪ってはいけない。残念である。

10年目の手術記念日

 11月27日は10回目の手術記念日だ。当日のことは今でも鮮明に覚えている。朝8時に手術室へ向かう。家族が皆来ていた。ここで自分の人生を閉じるのか?運命の分かれ目であったが意外と冷静だった。きっとまだこの先の奇跡か希望を信じていたのだろう。担当医からは他の臓器に浸潤していたりがん細胞が胃から出ていれば手術はしないで閉じますと言われていた。

 幸運なことに「小林さん一番良い手術が出来ましたよ!」との主治医の声で気が付いた。「どうなったのですか?」「胃の全摘手術が出来ました!」全摘が一番良かったとは思えなかったが命は繋がったのだ。やはり嬉しかった。廊下で息子がガッツポ−ズをしているのが見えた。

 あれから10年。感慨深いものがある。自分の過信でがんの発見が遅れた。もう1年早く検査をしていれば胃の全摘にならなくて済んだかもしれない。でもこうしてまだこの世に居られるのはラッキ−だった。今では不自由無く生活できる。この10年の間に多くの親しい人が旅立った。今どうしておられるのだろう?いつも感謝の念とともに思う。教会の祈りの時に思い出す。

 10年の間に子供たちが結婚し孫が出来た。お陰様で皆元気に育っている。孫を見ることも無く人生の幕を閉じるのかと入院中、同室のがん患者と嘆いていた。孫達には「生まれてきて良かった」と思える人生であって欲しい。

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