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蕎麦収穫祭

 11月9日はソバの会の収穫祭だった。今年の蕎麦は天候の加減か収量が少なかったそうだ。90kgほどしか採れなかったようだ。畑では順調に生育しているように見えたが台風で倒されたり日照時間が少なかったりしたようだ。

 軽井沢には19名が集った。私も野菜を満載して参加した。「紀之君、賢次君野菜を持って行って!」東京から来た人は車なので野菜は積める。大根、白菜、野沢菜を沢山あげた。「ウワ−こんな立派なのが出来たの!」喜んでくれた。

 ソバ打ち名人の静江さんがヤマゴボウのつなぎを入れた新蕎麦を打ってくれた。さすがに先生だけのことはある。美しい蕎麦を打つ。私は600gの10割蕎麦を打った。最初に熱湯で水回しをするので簡単に固まってくれた。水加減で硬さを見て調整する。「もう少し捏ねた方が良い」よと静江さん。良く捏ねた方が腰の強い蕎麦になる。出来たら200回とのこと。カットは紀之君に頼んだ。

 新蕎麦はやはり美味しい!皆で囲むテ−ブルには沢庵、野沢菜、ダイコンの甘酢漬け等のお漬物、キノコやサトイモ、カボチャ、春菊の天ぷら、辛み大根、ネギ、わさびの薬味そして新蕎麦が並んだ。「今年もいろいろありがとうございました。来年もこの会が出来ますように!乾杯!」皆の願いを込めて乾杯した。

 翌日は新米となめこのお味噌汁、漬物、ハムの焼き物で朝食を済ませた。私はこども食堂があるので皆より一足早く7時半に軽井沢を後にした。来年も元気で参加したい。

野菜の収穫

 11月5日より長野の田舎へ帰った。今回は秋野菜を収穫し山小屋を閉めてくるためだ。5日の夕方涌井の畑に行くと見事な畑が広がっていた。野沢菜、ホウレンソウ、春菊、白菜、ダイコンと大豊作なのだ。素人の自分がこんなに上手く野菜が作れるとは正直思っていなかった。友人のアドバイスが良かったのかこまめに草取りをしたのが良かったのかいずれにしても初めての経験だ。感動して山小屋へ行った。

 夜友人へ電話した。「野菜が良く育ったね!白菜だけは虫に食べられたがその他は出来過ぎだね!」「今年は良かったね!全部車に積んで持って帰らっしゃい!」「とても車に積めないよ!でも可能な限り採って帰り近所に配ってあげたい!」「軽井沢の蕎麦収穫祭には少し遅れるので先にソバ打ちしておいて欲しい!蕎麦粉は和子さんに預けておく」「大丈夫私は2鉢ほどは打つ積りだ!」週末にソバの会の収穫祭がある。新蕎麦を皆でいただくのだ。

 6日はあいにく雨だった。弟に電話すると「ゆっくり休んだら良いよ!家の方の合併浄化槽が出来るのは12日になったのでそれからリビングダイニングのキッチンを据えるから」とのことだった。終日薪スト−ブを焚いて過ごした。

 7日は晴れたので午前中畑に行き大根とサトイモの収穫をした。昼ごろ弟の家に届けた。「こんな大きな大根が出来たのかよ!」「そうだよ冬用に貯蔵したら良いじゃん!」15本ほど置いてきた。その足で牟礼の畑に向かった。今年は少し肥料を与えてみようとコメリで鶏糞を買った。しかしシャインマスカットの畑に蒔こうとしたが力が入らない。どうしても気力と体力が出てこない。車の中で1時間ほど休んだが無理だった。ぶどうは肥料を与え過ぎない方が良いと亡き友人は言っていた。しかし今年の実績から少しは与えた方が良さそうだと思われる。須坂の畑は良いぶどうになったからだ。「肥料を与えようと思ったが力が出なくてできなかった。後でやってくれ1」弟に頼んだ。挿し木用のぶどうの枝を採って山小屋へ戻った。

 8日は朝から畑に行き収穫した。大根は全部採った。白菜は6個、春菊とホウレンソウは大きなリンゴの箱1個づつに一杯収穫した。野沢菜はリンゴ収穫用の箱に一杯入れた。もう車は満杯状態だ。弟からもらったリンゴ1箱とお米20kgも摘んでいる。軽井沢では蕎麦粉10kgも積まねばならない。積めなかった大根を再び弟の家へ届けた。

 9日は山小屋の掃除と雪囲いをして午前中は終わった。昼から軽井沢へ向かった。

今年最後の田舎詣で

 11月2日は大学時代のスキ−部創立メンバ−のOB会だった。すでに皆さんが現役を退き、それぞれの新たな人生が始まっている。ゴルフに凝っている人、日本百名城を巡っている人、家庭菜園を楽しんでいる人、体力維持に励んでいる人、水彩画を習っている人、それぞれ千差万別老後を楽しんでいる。

 私は田舎でシャインマスカット作りと野菜つくりに取り組んでいる。理由は「面白い」からだ。農作業は運動になるし、空気や景色のきれいな田舎は元気になる。その上農作物を収穫し皆さんへあげると喜ばれる。一石二鳥なのだ。どうも貧乏性に出来ている。もちろん農業の難しさもあってそれをクリア−していく楽しみもある。健康だから出来る。胃癌の手術をして丁度10年になる。健康の有難味を実感している。

 明日から秋野菜の収穫に長野の田舎へ帰る。大根や白菜、野沢菜、ホウレンソウ、春菊、サトイモと車に積めるだけ採ってこようと思っている。「そんなに採ってきても困る!」と妻は言うが畑に置いておいても困る。近所や親戚に配る予定だ。

 週末に軽井沢でのソバ収穫祭がある。ソバの会で作った新蕎麦を友人の別荘で手打ち蕎麦にして皆で頂くのだ。もう13年も続いている。山小屋で野菜の収穫を済ませ、冬支度をして軽井沢へ回る予定だ。今年最後の田舎だ。雪が降らないことを祈っている。

瞬間湯沸かし器

 10月28日(日)の食事当番は無事に済んだ。冷蔵庫に入れて置いたブロッコリ−も変色することなく緑色をキ−プしていた。お蔭で一週間前の食材が全部活用出来た。

 シチュ−はトリモモ肉3kgとタマネギ、ニンジン、ジャガイモを炒めて煮込んだ。ブロッコリ−は下茹でしてトッピングとした。濃い目のシチュ−にしてお皿に装ったご飯の横に盛り合わせた。美味しい!と皆さんに好評であった。35食ほど提供した。

 叔母から瞬間湯沸かし器の相談を受けた。ガス器具会社に聞いたら現場を見に来るとのこと立ち会った。二人の若者は見積もりでは5万円はかかると言う。それでは高すぎるのでネットで買いますと断った。ネットでは3万4千円ほどだ。ガス器具の取付は資格を持っていないとできないらしい。取付費用込み価格である。叔母は来年には長野の田舎へ引っ越す予定だ。高値なものは要らない。

 ネットで注文すると現場の写真を添付してくれと言う。それで写真を撮ってきてメ−ルに張り付け送ったが、写真のサイズ(容量)が大きすぎて送れなかった。写真のサイズを小さくする方法が分からず苦戦をした。こんな時若者ならば苦も無く出来るのだろうが老人にはストレスになる。休み明けに販売元へ電話してみると「写真は1枚づつ二度に分けてメ−ルしてください」とのことどうにか届いたようだ。

 デイジタル社会は便利であるがついて行くのも大変だ。頭のトレ−ニングと思って頑張って行く。

勘違い

 昨日21日は大失敗だった。前日、男子の食事当番と勘違いし斎藤さんに連絡してしまったのだ。斎藤さんはシチュ−の食材を用意をして朝8時半に教会に来た。ところが21日は第三日曜日で男子の当番ではなかった。私の思い込みで間違ってしまった。平謝りである。来週に引き継ぐことにして食材は冷蔵庫にしまった。ロスが出たら弁償するつもりだ。

 食事当番が待ち遠しいのではない。出来たら遠慮したい。情けないのは1日が日曜日と勘違いし、7日、14日と過ぎたから21日が第4日曜日と思い込んでしまったのだ。もう認知症が始まっているのかもしれない。これからが心配だ。

 テレビで昨日のプリンセス駅伝での痛々しい出来事を報じていた。岩谷産業の選手が疲労骨折で転倒し200m手前から這ってタスキをつないだ話だ。女子選手はチ−ムに迷惑を掛けたくないとの強い想いで膝から出血させてタスキをつないだ。個人のこれからの競技生活を考えれば棄権しても誰も責められない。しかし日本人にはチ−ムのためにという美しい心がある。自分を犠牲にしてもチ−ムの為に尽くす。骨折転倒したら競技を止めるのが正解だと思うが。

 一方ジュリ−が埼玉アリ−ナでの公演を直前に中止したと言う。理由は満員の9、000人が集まらず7,000人だったからだそうだ。約束が違うと言って歌うことを止め帰ってしまったようだ。お客の迷惑を省みず、自分の我儘を通した形だ。まるで昔の侍が「切り捨てごめん」と言った特権を有しているようで決して褒められたことでは無い。自分のプライドが許さなかったようだ。

 日本人は個人よりも公共の為に尽くす美しい精神を持っている。自己主張が少なく控えめで礼儀正しく集団組織の利益を優先する。奥ゆかしさは見ていても好感を覚える。しかしグロ−バル化した世界に通用するためには、言葉に出して自分の意見をしっかり主張する積極性も必要となる。ぎすぎすした世の中は好きではないが個人を大切にするよう精神的にも強くならねばならないと思われる。

ぬかずけ

 バザ−が終わりなんとなく気の抜けた気分だ。上手くいくか結構緊張していたのかもしれない。ささやかな社会貢献の積りであるが責任を果たせてよかった。

 今日は穏やかな秋の日差しが心地よい。田舎にいれば畑仕事が出来るのだが東京ではそれは無理だ。暫くはPCで時間を潰そう。ただ身体を動かすことも大切なので散歩には出たい。

 10月5日に鴻巣にある娘の夫の実家に寄らせてもらった。寄った時は大歓迎されるので恐縮している。高級なお菓子や果物を沢山お土産に持たされる。「お見えになるときはせめて前日に電話一本いただけませんか?」と強く言われている。先月シャインマスカットを玄関先に置いて帰ったためだ。「はい失礼しました!今度は連絡させていただきます。」

 どうしても上がってくださいと言われるのでお邪魔した。すると「マツタケご飯を作りましたので召し上がってください!それにぬかずけは毎日作っておりますのであわせて召し上がってください!」出てきたのは本格的なマツタケご飯だ。私の田舎ではマツタケは出ない。上田や伊那のほうは名産地だ。「送っていただいたんですのよ!」とのこと初めてマツタケご飯をごちそうになった。自分は「ジボコ」と「カバタケ」のキノコを採ってきたが差し上げなくて良かった。また山で拾った小布施栗も出さなくて良かった。立派な「栗の渋皮煮」も添えられている。栗は近くで採れる利平とかいうブランド栗だ。また果物は食べきれない程だ。「私は毎朝果物とお皿一杯のぬかずけをいただいています!」とお父さんが言われる。「お肉やお魚はそんなに食べませんがお豆腐や野菜がメインです。」健康に留意した食事なのだ。ここのぬかずけは大変美味しい!

 家に帰ってから私も本格的に「ぬかずけ」を作ることにした。幸い叔母からもらったぬかずけ用のカメがある。叔母は昔、厳選して買ったカメだと言う。「ふたが密着するか何遍も確かめた。隙間があるようだと虫が入る心配がある。ダイシン百貨店の人から嫌がられたほどだ。」思い入れのカメを貰ってきたのだ。それまでは冷蔵庫でプラスチックの容器でぬかずけを作っていたが本物のカメはやはり使い易い。

 毎日ぬかずけが食卓に上るようになった。するとお腹の調子も良くなった。やはり日本人には欠かせないものだ。

教会のバザ−

 10月14日は教会のバザ−だ。このために田舎に帰りシャインマスカットとりんごを収穫してきた。夜半、雨が降っておりバザ−の人出が心配だったが朝には止んでいた。西の空にはわずかな青空が見え絶好のバザ−日和になりそうだった。

 バザ−は11時開始だ。その前に教会の人達がシャインマスカットを買って呉れた。1房700円の設定だ。バザ−開始と同時に人が殺到した。2房、3房買って呉れる人が多かった。11時40分には100房が完売してしまった。「シャインマスカットは美味しいし安いもの!楽しみにしてきたのよ!」お客さんも喜んでくれる。同時に50円の紅玉も150個売れてしまった。「光子さんの紅玉よね!料理に使えるから助かるわ!」教会員の方々も協力してくれる。陽光と黄林のリンゴ100個も完売した。

 バザ−の人出は少なかった。天候も良く沢山来てくれると思っていたが例年の半分くらいだ。バザ−の意味合いが変わってきているのかもしれない。従来は欲しい衣類や中古品が安く買えるのがバザ−だったが、もうあまりそういうニ−ズは無くなってきているのかもしれない。お祭りみたいな感覚で楽しみながら新鮮な果物が安く買えるのはお客さんにも受け入れられる感じだ。衣類や道具類はニ−ズが減っている。出品物を検討する必要があるかも知れない。

 私の担当した果物は8万6千ほどの売り上げで一番だった。昨年は7万9千円だったのでまた記録を伸ばした。亡き姉も驚いているかもしれない。姉に言われてバザ−に協力するようになった。姉の遺言だと思っている。打ち上げの時「バザ−の開催日を台風が来ない11月に変更して頂きたいとの意見があります。理由は台風でバザ−が中止になれば焼き鳥材料が無駄になるから!」との問いかけがあった。そうなれば私はバザ−にシャインマスカットを献品しなくて済むので大助かりだ。11月にはシャインマスカットは無くなっている。半分期待したい。

サトイモ

 10月9日 午後2時に長野に着いた。弟に電話すると「いいところに来てくれた。今、田んぼにいるのだが干していた稲がすべて倒れている。木島のたんぼに来てくれないか?」「長靴が無いから無理だよ!ドライビングシュ−ズが台無しになる。」「大丈夫だよ。乾いているから田んぼにヌカルことは無い!」仕方ないので木島の田んぼへ向かった。

 「台風25号の折は大丈夫だったのに、翌日の余波ですべて倒れてしまった。」「そうだな東京でも結構風が強かった。」100m位の長さにわたって天日干ししていた稲がすべて倒れている。二人で稲を外ずし鉄パイプの棚を作り直し再び稲を掛け直した。長いのでなかなか終わらず6時までかかってしまった。辺りは見えないような暗さになった。

 「今回はバザ−用のぶどうとリンゴを採りに来た。ぶどうは100房は貰っていくよ。」「いいよ!必要なだけ採って行けば!兄貴が作ったんだから自分のものと思えば良いよ!」そう言ってくれるが肝心な作業は弟がしている。有難い。

 翌日は牟礼の畑で60房ほど採った。夜、販売用の個装をした。涌井の畑から採ってきた春菊で湯豆腐を作った。なかなかイケる。

 11日もぶどうを60房採り40個は作った。これでバザ−用は確保できた。「明日は手伝うが設備屋さんの予定はどうなった?」弟に電話した。「13日になった。キッチンと合併浄化槽は13日に終わる。」「じゃ-今回は手伝わないね!13日には東京へ帰らねばならない。」そう言って涌井の畑へニンニクの種を蒔きに行った。前回蒔いたニンニクも芽が出てしまっている。昼ごろサトイモを掘ってみるとほとんど子芋が付いていない。里いもの葉が大きい割にイモは小さいのだ。そんなことを思って作業していると同級生の和子さんたちが来た。「通りかかったら車があるので寄ってみた!いつ来たの?」「明日もう帰らなくてはならないのだがサトイモの出来が悪い。」「子芋は少ないが親いもも食べれるのよ!」「食べれないと思って捨てたよ。」どうもサトイモには親いもと子芋があるらしい。和子さんたちは親いもを持って帰ってくれた。無駄にならなくて良かった。

 春菊と野沢菜、ダイコンを採って帰京の準備をした。残念ながら白菜は虫だらけだ。「白菜は毎日虫取りをするのよ。でも東京からは無理よね!仕方ないんじゃない。」なかなか農業は厳しい。

秋満開

 台風24号が通過した。久しぶりに台風の強風が吹き荒れた。かっては野分の季節と言われたが最近は東京には来なかった。1日の朝、田舎へ向かって車を走らせた。田舎は幸い台風の被害は無かったようだ。

 須坂の畑でぶどうを20房ほど採り山小屋へ向かった。山小屋へ着くと庭に大きな穴が掘られている。弟が何か水道とかの点検のために掘ったのかと思い電話してみた。「自分はそんな穴を掘っていないよ!それは猪が掘ったのでは?」「そうかな?砂利が一杯入っている庭を掘るなんて考えられないが。」どうも大きなイノシシが住みついているようだ。

 夜、ぶどうの袋を開けトリミングをしていて分かったのはやはりぶどうの実に割れが入っている。熟すと割れやすくなるのか、割れた所から腐敗が始まる。割れの原因は天候の精だと思っているが若しかすれば肥料を与えた為かも知れない。ぶどうは肥料が少なくて良いと亡くなった友人が言っていたことを思い出す。弟に電話する。「来年は肥料を与えない方が良いのでは?」「いや、今年は何処の農家でも割れが発生しているそうだ。市場の人が言っていたがその中でも小林さんのぶどうは出来が良いと言っている。多く出荷してくださいとも言われている。」そうなるとやはり日照りが続いたために起きた不具合かも知れない。弟は自信を深めている。農家に負けないぶどうを育てられると思っている。

 2日は畑で草取りとニンニクの植え付けを行った。前回蒔いたニンニクがもう芽を出してしまっている。植え付けるのが早すぎたのかもしれない。通常なら来年雪解けの後、芽がでるのが普通だ。畑を耕しさらにニンニクを植えてみた。どうなるか楽しみだ。畑の上の道路に栗の木がある。大きな栗が沢山落ちている。クリご飯を作ろうと思って50個ほど拾った。また春菊が良く育っていた。午後2時に弟の家に行き草刈り機を持って牟礼の畑へ行った。ぶどう畑と取付道路の草刈を行った。夕方には足が攣り休まないと動けなくなった。やはりまだ長時間の農作業は出来ないのだ。5時には草刈りを止めた。秋の夕陽はつるべ落としだ。5時半には暗くなる。

 3日は弟の家造りを手伝い午後また牟礼の草刈を行った。今度はりんご畑もきれいになった。これなら近所の人からも喜ばれるだろう。達成感に浸りながら山小屋へ戻った。

 4日の朝はキノコ採りを行った。山小屋の裏手の山に「ジボコ」と呼ばれる網タケが沢山出ている。カラマツ林と雑木林が混在しているところに出るらしい。驚いたことにこの林がすべて掘り返されている。イノシシの仕業だ。今までに見たことも無い景色だ。どんなイノシシが居るのか恐ろしくなるほどだ。その後弟の家でシャインマスカットの袋外しを手伝った。100袋も外すのは大変だ。でも出荷するぶどうにするには欠かせない。夜なべ仕事に弟夫婦は夜11時までやっているそうだ。販売するには苦労も伴う。

 3時から畑に行き今度はホウレンソウの草取りを行った。友人が育てているのだが自分も出来ることは手伝うつもりだ。友人は秋田の温泉へ湯治に行っている。なんでも癌の治療に効果があるようなのだ。10日間ほど滞在するらしい。春菊を採り帰京の準備をした。

獣が住んでいる

 20日はぶどうの発送しに弟の家へ行った。佐川急便が引き取りに来ると言う。昨日に引き続き石膏ボ−ドの張り付けをやった。廊下の壁にボ−ドをスクリュ−ビスで止めていく。ドライバ−で打ち込むのであるが大分上達した。一旦ボ−ドに垂直にビスを入れ、次に下板へねじ込む2段階の電動ドライバ−の使い方が良い。なんでもコツがあるものだ。

 夕方4時ころには作業を終えて牟礼の畑を見に行った。この畑はそんなにぶどうの実の割れは見られない。やはり気候が違うのだ。ひとまず安心してスチュ−ペントのぶどうを採りに入った。少し採っていると「ウ-ワオ-」と草むらから獣の唸り声がする。驚いてこちらもうなり返したが姿は見えなかった。俺の縄張りに入るな!とばかりに獣が脅してきたのだ。イノシシの声とは違うのでハクビシンかタヌキかムジナの類だ。地面に近いぶどうは奇麗に食われている。獣の住処になっていると弟が言っていた。

 雨が降っていたので畑には寄らずに山小屋に帰った。スト−ブを焚きステ−キの夕飯を作り充実した一日が終わった。夜弟より電話があって明日午前中だけでも家を手伝ってくれとのこと。了解した。

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