カートをみる マイページへログイン ご利用案内 お問い合せ お客様の声 サイトマップ
RSS
 

法隆寺

 奈良旅行の4月24日は飛鳥地方を回った後、斑鳩の法隆寺を訪問した。法隆寺は聖徳太子と推古天皇が仏教の普及と聖徳太子の父用明天皇の請願を受け607年に建立している。仏法の隆盛ならんことを願って法隆寺となったようだ。

 538年欽明天皇の時代に百済の聖明王より釈迦如来像と経典が献上され仏教が伝来したとされる。有力豪族が争う未開の日本だ。仏教導入派の蘇我稲目と日本の古くからの神々が怒ると廃仏派の物部尾輿の争いを経て、蘇我馬子と聖徳太子が物部守屋を丁未の変(587年)で滅ぼすことで仏教が定着した。

 法隆寺は広大な敷地に本格的な伽藍様式を供え長い土塀で囲まれている。先ず目を引くのは金堂の横に建つ有名な五重の塔だ。安定感のある古い美しい塔だ。金堂には仏師止利の製作と言われる釈迦三尊像と用明天皇の為の薬師如来像と母のための阿弥陀如来像が安置されている。しかし薄暗く良く分からない。それよりも講堂にある大きな薬師如来像の方が金色に輝き見栄えがする。990年ごろの製作らしい。仏像は大きく美しいものが有難いようだ。

 法隆寺で一番印象に残ったのは百済観音像だ。長身ですらりとした繊細な美しさを持った観音様だ。百済から来たと思っていたがそうでは無いらしい。日本で造られたようだが良く分かっていない。この時代にこんな美しい観音様が造られたのには当時の人々も感嘆したことだろう。その後の日本の仏教美術にも大きな影響を与えたことは間違いない。

 高校時代の修学旅行で法隆寺に来た記憶が無い。たぶん行程に入っていたのではと思うが覚えが無い。仏教を通して日本の近代化を目指した聖徳太子の想いが感じられる法隆寺である。長い参道を駐車場へと歩きながらそんなことを思っていた。

コメント

[コメント記入欄はこちら]

コメントはまだありません。
名前:
URL:
コメント:
 

ページトップへ