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興福寺

 4月25日は興福寺を訪ねた。小降りの雨が降っていたが五重塔はやはり美しいシンボルタワ−だ。写真を撮る人が多い。私も写真を撮っていると一人の女性旅行者からシャッタ−を押してくれと頼まれた。「奇麗に撮れましたよ!」軽口を言ってカメラを返した。

 興福寺は大化の改新(645年〜)の主役だった中臣鎌足の山階寺をその子藤原不比等が710年に移築して造られた。大化の改新のもう一人の主役は中大兄皇子だ。天智天皇になっている。天智天皇から藤原姓を賜り中臣鎌足は藤原鎌足になっている。藤原氏はその後400年にわたり天皇家とともに貴族として政権の中枢に座る。蘇我入鹿を暗殺するというク−デタ−を成功させた勇気の賜物だ。興福寺は藤原氏の氏寺として絶大な力を持つようになる。

 五重塔の横にある東金堂には薬師如来坐像が安置され、両並びに日光菩薩、月光菩薩立像があり、周りに十二神将立像が配置され、四隅にある四天王立像が守っている。薬師如来は左手に薬壺を持っていることが多く現世の災いや苦しみを除き、病を治す現世救済の仏様だ。それに対し阿弥陀如来は西方の極楽浄土に導く来世救済の仏様だ。

 興福寺国宝館で目を引くのは5mもある千手観音菩薩立像だ。圧倒される思いだ。もう一つは教科書に載っていた仏頭も印象に残る。大化の改新で中臣鎌足側についた蘇我倉山田石川麻呂が建てた飛鳥の山田寺から迎えられた如来像の頭部だ。大変美しく白鳳彫刻の代表だ。そして何と言っても八部衆立像だ。八部衆はインドの神話の神々が仏教に帰依して守護神になった。阿修羅は戦う神だが優しい少年の像で人気がある。その憂いを含んだ顔は見ていて飽きないのだ。鳥の顔をした迦楼羅も面白い。その他貴重な彫刻が沢山残されている。

 三重塔の下に猿沢の池がある。古から変わらぬ池として知られている。そのままの姿であろう。古都奈良も永遠に、、、と思う。

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