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ベランダの修理

 10月になった。今回の田舎参りには友人の荻野さんが手伝いに来てくれた。現役時代共に仕事をした仲だ。樹脂の成型や機械加工をしてくれた。技能者だ。

 9月29日~10月2日まで山小屋に滞在し、ベランダやテラスの修理、畑の草取り、ニンニクの種まき等一緒にしてくれた。もちろんシャインマスカットの収穫も手伝ってくれた。おまけに荻野さんはぶどうを買って呉れた。弟は喜んでいた。

 秋野菜で心配だったのは野沢菜や春菊、チンゲン菜が虫に食われて育たないことだ。昨年は失敗したが今回は友人の丸山君が消毒してくれたようだ。発芽したばかりの若芽を食べられては枯れてしまう。有機栽培なので虫は沢山いる。小さなバッタや2mm位な小さな黒い虫だ。食べられても良いように沢山種を蒔いたのだが害虫はそれ以上強力だ。見かねた友人が消毒してくれたようだ。「もう大丈夫だから消毒はしないよ」「どうも有り難う!」

 ニンニクは8月末に蒔いたのがほとんど芽が出ていない。隣の松野君のニンニクは見事に出そろっている。なにが違うのか分からないが、もう暫く様子を見ることにした。それでも発芽しないようなら再度種を入れようと思う。また今回は青森産のホワイトニンニクを植えた。やはり粒が大きく見栄えがする。これを育てて、来年は種ニンニクにするつもりだ。余った物は黒ニンニクにする。楽しみだ。

 孫娘がリンゴが欲しいと言うので弟の所へ貰いに行った。「伐採したリンゴの木から出たリンゴだ。紅玉よりは食べやすいから持って行ってくれ。洋梨や梨もあるから持って行ってくれ!」沢山のリンゴをくれた。荻野さんへも分けたが喜んでくれた。

 山小屋の修理とニンニクの種まき、それに秋野菜の草取りと間引きを済ませ、シャインマスカットを収穫して東京に戻った。

秋野菜の種まき

 9月1日に東京へ戻った。その時から歯痛が始まり、のちには歯茎の化膿が始まった。ずきずき痛み寝込むしかなかった。普通に何もなく健康に過ごせることの有難さを再再認識させられる。

 原因は長野での農作業のしすぎだ。8月25日に長野へ行った。須坂のシャインマスカットは順調だった。房も粒も大きく、あとは糖度が上がれば出荷できる。満足して涌井の畑に向かった。こちらは2週間ほど不在の間に、草は生え、カボチャの弦は生気を失い、やはり手入れをしてやらないと野菜は上手く育たない。

 26日には友人丸山君とトラクタ-で畑を耕した。耕運機の扱いを教わっていたが少し耕し始めてエンジンが止まってしまった。一旦止まると再起動するには半日冷却しないとだめなのだ。扱いは難しく翌日に持ち越した。今回は秋野菜の種を蒔くのとニンニクを蒔く畑を確保するのが仕事だ。肥料を買いに行って畑に積むと友人の松野君が通りかかった。夜電話がかかってきて「帰ってきているの?明日ニンニクと白菜、ダイコンを反対側にある山の畑に蒔けば良い。2時ころ畑を耕しに行くから来てくれる!」と召集がかかった。

 松野君は大型のトラクタ-(自動車のように運転する)で広い畑を瞬く間に耕してくれた。そこに肥料の溝を作り、牛糞堆肥を入れ、化成肥料を少し与えて土を被せる。長さ30mもあるので大変だ。ニンニク用、青首大根用、白菜用の3畝を作った。「松野君!明日種を蒔き、白菜を植えるよ!今日は疲れたから止めておく」と言って夕方5時には農作業を止めた。翌日は種まきと白菜の植え付けで1日かかってしまった。

 31日は最初の畑に戻り聖護院ダイコン、野沢菜、ホウレンソウ、チンゲン菜、ブロコリ-と予定していた種まきと植え付けを完了した。日照り続きで雨が無く、上手く発芽するかは分からないが、東京へ帰らなければならず、強行した。これが祟ったようだ。体力が一挙に消耗し、前述の歯痛に繋がった。しかしすべての作業をやり遂げ満足な帰郷だった。後は順調に育ってくれることを期待する。

ニンニク農家

 今、黒ニンニクを作っている。いとこから作り方を教わった。古い電気釜は保温状態が続いており、この分では2週間連続で熟成出来る。たぶん理想的な黒ニンニクが出来上がるだろう。

 その前に、収穫したニンニクの中で比較的小さなニンニクを味噌漬けにした。作り方は皮を剥いたニンニクをお味噌の床に並べてその上にまたお味噌を被せて、またニンニクを並べただけだ。妻は少しみりんを加えたようだ。1週間もするとニンニクは食べられる。「うーん、このニンニクは美味しい!」ニンニクを作った者の贅沢だ。完全無農薬、有機栽培のニンニクだ。ご飯のお供に最高だ。

 ニンニクをあげた教会の人から「ニンニクの作り方を教えて!」とメ-ルが来た。植え付けは9月末からだからまだ時間がある。そのうちに作り方を伝授しようと思う。なにも難しいことは無い。作りやすい野菜である。コツは肥料を沢山与えた栽培用土に植えることだ。若し小さいニンニクが出来たら味噌ニンニクにすれば良い。気が楽になる。

 私もニンニクの栽培を来年はさらに増やそうと思う。今年は200個ほどだが来年は300個植えよう!体力が持つかは心配だがそれだけの価値はある。「シャインマスカットからニンニク農家に衣替えだな!」妻は呆れている。

新ジャガ

 7月14日~21日まで田舎で農作業をした。今回はシャインマスカットの摘果と袋掛け、それにジャガイモ掘りがメインだ。教会の阿部夫妻が16,17日と来訪された。

 驚いたことに牟礼の畑のシャインマスカットは病気で全滅した。第二回目のジベレリン処理までは大きな変化は無かったがこの10日間で黒星病が蔓延した。もともと黒星病はスチュ-ベントに発生していたが昨年スチュ-ベントの樹を切った為、今度はシャインマスカットに発生した?感染したようだ。まるでコロナウイルスみたいでアッと言う間に畑中に広まった。ブドウの実はカットした。

 残念であるが反面須坂のぶどうは立派に育っている。これを粒抜きをして袋掛けするのであるが弟と二人で4日間かかった。粒抜きの作業は上を向きながら両手を使って作業をするので大変疲れる。1日同じことをしていたら腕が上がらなくなる。牟礼の畑が全滅してくれて良かった。来年は無理かもしれない?

 教会の阿部さんとはジャガイモ掘りをした。晴れ間をぬってスコップで掘り、陽にさらして干し、リンゴ箱1箱収穫した。「株に大きなジャガイモがついて出てくるのが楽しい!」阿部さんが喜んで掘っている。「干している間にブル-ベリ-狩りに行きましょう」と誘った。松野君ノブル-ベリ-は良い出来だ。大粒なものを沢山摘んだ。

 翌日涌井の蕎麦を食べて立科の別荘に帰って行った。教会の皆さんにジャガイモとニンニク、ブル-ベリ-を分けてあげるそうだ。満足していただいた。

 依然としてコロナウイルスがはびこっといる。田舎でも来てくれるなと言われ、姪の家族は山小屋へ来るのを取りやめたそうだ。可哀そうだが仕方がない。早くワクチンや薬が開発して欲しい。

 東京に戻り自分の作ったジャガイモを料理してみた。ポテトサラダとポテトフライにした。自慢ではないが本当に美味しい!自然の甘みが強いのだ。無農薬、有機肥料栽培の結果だ。価値があると自己満足している。

ブドウの粒揃い

 明日から又長野へ行く。シャインマスカットの粒揃いと袋掛け、それからジャガイモの収穫の為だ。あいにく天気が悪そうで予定どうりに行くかは分からない。晴れ女と称する女性が居たが登場願いたい。粒揃いは一房一房チェックして未熟な物や内向きな粒を落とし一房40粒くらいにする作業だ。根気が要る。粘り強さと根気強さは信州人の特質だ。

 シャインマスカットの2回目のジベレリンを済ませたが牟礼の畑は壊滅状態だ。理由は黒星病の発生だ。僅か10日間で病気が発生した。このところ天候が悪く雨が続いたせいであろう。須坂の畑は1週間ほど成長が早く無事であった。

 教会の人が遊びに来ると言う。立科に別荘が有り、そのついでに山小屋に来ると言う。ジャガイモ掘り、ブル-ベリ-狩りで終わると思うが時間があれば草刈りや袋掛けを手伝ってもらう予定だ。

 黒ニンニクの作り方を従兄弟に教わりに行く予定だ。電気釜で作れるとのことだが匂いが気に成るし山小屋に2週間も放置しておいて大丈夫かを聞きたい。匂いは「酢」に一晩漬ければ軽減でき気に成らないそうだ。実際の現場を見させてもらう。

 コロナで田舎は気が立っている。東京人は最も警戒される。「山から出ないから大丈夫だよ」田舎の家にはいかない予定だ。コロナはなかなか終息しない。人が集まるあらゆる行事が中止になっている。なんとか早く治療薬やワクチンの開発にたどり着いて欲しいものだ。

ニンニクの収穫

7月7日は朝から雨だった☂畑に行ってみたが雨は強くなるばかりで止みそうもない。仕方なく山小屋へ引き返した。ニンニクの収穫をなんとしても行いたい!

午後になったら少し陽がさして来た。急いで畑へ戻った。伊藤さんも来ていた。ミニトマトの支柱を立て枝を誘引してやった。1時間ほどしてニンニクの収穫にかかった。周りの農家は収穫は終えている。畑が濡れて重いのでスコップで掘り起こした。
思いのほか良いニンニクだ。これだと一生懸命手入れした甲斐がある。伊藤さんがやって来た。「立派ですね❗」プロにほめられた。これなら皆んなにあげられる。努力は報われる。満足して引き揚げた。天も味方して雨は止んでくれた。

草刈

 今日から7月。6月は大変忙しかった。6月21日に叔母を連れて長野へ帰り、農作業の毎日であった。今回は須坂の畑と牟礼の畑の第一回目のジベレリン作業を行った。6月23日に須坂、6月27日に牟礼。ストレプトマイシンとフルメットを使用してみた。

 もっとも大変だったのが草刈だ。須坂の畑、牟礼のリンゴ畑、涌井の同級生の畑、それに山小屋の周りと入り口の道。ビ-バ-(草刈り機)をフル回転させ草刈りに勤しんだ。弟も感心して「そんなに頑張らなくても良いんだよ」と注意する。でもこの時期農家の大仕事は草刈だ。これを怠ると手が付けられない程雑草が茂り、それこそ大変になる。必須の仕事なのだ。

 秋田の温泉に療養に行っている松野君から「近くの畑がイノシシにやられているらしい。イノシシ避けのネットをやった方が良い」と連絡があった。それで50mのネットをジャガイモの周囲に張った。周りのやり方を見よう見まねで張ってみたがまあまあだ。ネットがあればイノシシも警戒するだろう。

 27日には教会の人達が手伝いに来た。わざわざ新幹線を使い交通費が大変かと思うが農作業が楽しいと言う。新鮮な空気と高原の景色が東京の忙しい日常から解放してくれるから大好きなのですと言う。少しでもリフレッシュになれば嬉しい。ニンニクと紫玉葱、ラデイシュ、フキをお土産に帰って貰った。

 29日に松野君からブル-ベリ-を採って帰ってと連絡があった。畑に行って見ると色着き始めたブル-ベリ-が沢山なっている。今年は出来が良さそうだ。袋一杯に採り、東京への土産とした。

 30日には須坂の畑の安芸クイ-ンの袋掛けを行った。シャインマスカットより成長が早いのだ。まだ若木で30房ほどしか付いていない。その足で東京へ帰った。充実した10日間であった。

編集

  教会誌の編集がほぼ終わった。ただこれからの仕上げが大変になる。全体に目を通しながら各ペ-ジのチェックが必要になる。些細な事でも印刷に回った後では後の祭りだ。神経を注いで校正やら校閲、間違いが無いかチェックが必要になる。

 編集はその冊子の目的に沿った形で仕上がっているかが問われる。当然読者が誰かを意識して冊子を編集していく。100周年記念誌の場合は過去、現在、未来を見据えて編集していくことになるがどちらかというと未来に向けた編集になる。テーマは教会の素晴らしさを未来の人達に伝えることだ。今後読んでくれるであろう読者を意識して編集する。

 文章は起承転結が基本だ。冊子全体としての目的、主張があるが各文章がそれなりに完結してくれることが望ましい。読者をひきつける主張や話が喜ばれる。

 今回は文字よりも写真やカット、装飾枠を多めにして読みやすくした。親しみやすい冊子というものがある。論文ではないので軽さも大事にした。まあ-素人が全部編集したのだから多少未熟な所が有ってもご容赦願いたい。これからの仕上げ作業は他の人にお願いする。

梅雨

 6月11日に梅雨入りしたようだ。今年の田舎は雨が少なく作物の生育が悪い。天気が良いのだが夕方は冷たい風が吹く。やはり天候不順としか思えない。でもやっと待ちに待った梅雨が来た。これで農家もホットしているだろう。

 6月9日の夕方、畑に行くと松野君がトラクタ-でやってきた。「やあ- 、暫くです。農作業に忙しくて連絡しなかったよ!」「うん、畑を見て草取りがしてあったから戻っていると分かったよ!」「ジャガイモの芽かきと土寄せはやったよ。」「そうだね、だけど土寄せはもっと根元に土が被さるようにした方が良いよ!」と言って長靴で根元に土寄せしている。ジャガイモは茎が変化したものだそうなので茎の根元へ土寄せしなければ駄目だそうだ。

 松野君は大きなトラクタ-でソバが育った畑を潰している。広い畑も1時間ほどで奇麗にならされた。「そのまま春蕎麦を育てれば?」「駄目だ!春蕎麦は実が入らないから緑肥にしてしまう」と言って帰って行った。

 カボチャやメロンの苗は細々と命を繋いでいる。やはり雨が降らないと厳しい。根元に藁を敷いて乾燥を防ぐようにした。今度来るときは梅雨の雨で作物は大きく成長しているはずだ。楽しみにして山を下りた。

農夫

 今日は気温が上がり暑くなってきた。この暑さに慣れるにはまたしばらく時間がかかるだろう。暑さと共にコロナが去ってくれればこんな嬉しいことは無い。でもコロナは何処に潜んでいるか分からない。巨人の坂本選手もかかっていたと言う。彼らはもともと身体が丈夫だ。年寄りとはわけが違う。自然に治ってしまったようだ。

 明日からまた田舎へ帰る。畑の草取りやジャガイモの芽欠きをする予定だが、何よりシャインマスカトの花穂整形が待っている。弟に電話すると「今年はどういうわけか遅れている。昨年よりは遅いのでまだ大丈夫だ。」しかし例年だと6月初めには花穂が大きくなりまごまごすると花が咲いてしまう時期だ。どうしてもこの時期に花穂整形しないと上手くいかない。「いいよ!5日には田舎へ行くから」と電話しておいた。

 今年は雪が降らなかったりまた4月に降ったりと天候不順だ。このところ暑い日が続く。どうか農作物が上手く育ちますように!と祈る思いだ。ゴルフが上達することに喜びを感じるように私は野菜つくりが上達することに喜びを感じる。種を蒔き、芽が出て立派な野菜になることが嬉しいのだ。田舎育ちの農夫なのだとつくづく思う。出来た野菜は近所の人にあげるのが楽しみだ。

 叔母の家の処分が終わった。来週叔母を東京に連れてきて最後の点検だ。何かと忙しい6月だ。

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