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 このところ急に暑くなってきた。季節の変わり目はいつも体調管理に苦労する。何となくだるくて運動するのが億劫になる。休んでもなかなか体力が回復しない。天気に順応することが難しい。

 植物も暑くなってぐっと成長してくる。ハナミズキの花が白い額を開きツツジもピンクのつぼみを膨らます。挿し木をしたぶどうの樹の芽も大きく膨らみ始めた。春爛漫の季節がやってきた。

 今週末から大型連休が始まる。私はタケノコ掘りから始まる。5月2日は田舎で山菜採りだ。その後は畑仕事が待っている。今ポットにオクラとマクワ瓜の種を蒔き発芽を待っている。大きくなったら田舎の畑に移植する予定だ。田舎の畑では昨年植えたニンニクが成長始めているだろう。今年は野菜つくりに精を出す積りだ。楽しみな春だ。

イ−スタ−

 昨日はイ−スタ−だった。キリストの誕生日であるクリスマスと復活日であるイ−スタ−は2大イベントだ。小さい頃は何となく教会へ連れて行かれていた。両親の嬉しそうな晴れやかな笑顔は今も忘れられない。教会の庭に咲いていた赤や黄色のチュ−リップが鮮やかだった。

 この年齢まで生かしてもらってありがとう!感謝と共に老化から来る記憶力の低下はいかんともしがたい。モノを覚えられないしすぐ忘れる。本当に認知症が心配だ。何か失敗をするとすべて認知症のせいにしてしまうのは御愛嬌だ。人様に迷惑かけることがこれからも沢山起こるだろう。

 87歳の老人が車で大事故を起こしてしまった。自転車に乗った若いお母さんと3歳の子供さんが亡くなってしまった。「ブレ−キが戻らなくなってしまった。」と事故後息子さんへ電話したらしいが車の故障とはまず考えられない。高齢者講習では問題なくパスしていると言う。老化から来る判断力の間違いや身体の運動神経の衰えが原因と思われるが結果は悲惨なものになってしまった。自分も十分注意しなければいけない。

 今日はこれからスノ−タイヤをノ−マルに履き替える予定だ。「私はデ−ラ−に頼んでます。多少お金がかかるがタイヤも預かってもらってます。」教会の人が言う。ほとんどの人はそうだろう。お金がもったいないので自分で替えることにしている。

平成天皇

 天皇皇后が伊勢神宮を訪問され、内宮に祀られている天照大神にご退位の報告をされたと言う。これが最後の公式訪問になるそうだ。沿道には沢山の人々が天皇皇后両陛下を一目見ようと押しかけた。「ご苦労様でした。」人々の感謝と感激の混じった一時であったろう。

 平成天皇・皇后がかくも人気があるのはやはり美智子様が民間から皇室に入られたことが大きい。才色兼備の美貌のプリンセスが国民から慕われ憧れの存在になり皇室をより身近にした。

 平成天皇は終戦時はまだ少年であり、ご自分の特殊な立場と終戦後の困難な日本の姿をご覧になって成長された。皇太子時代昭和天皇の名代としてイギリスのエリザベス女王戴冠式に招かれた時、元兵士たちの反対デモに合い苦境に立たされた。それを救ってくれたのがチャ−チル元首相だったそうだ。チャ−チルは反対者の長老を交えた昼食会を催し「殿下は非常に幸福な青年だ。われわれは過去に属しているが、殿下は未来を持っている。」と演説して場を和ませてくれた。さすがは名演説家だ。元兵士たちにしてみれば捕虜を虐待した日本国のプリンスが晴れの舞台に招待されることに納得がいかなかったのだろう。皇太子は過去の苦悩の歴史を負って歩まれることとなった。

 戦後昭和天皇とともに象徴天皇としての道を一生懸命模索し歩まれたという。政治に悪用されることの無きよう国民に寄り添い、国家の象徴として美智子様と歩まれた。先の大戦を十分反省され、二度と悲劇を繰り返さないとのお覚悟だ。日本国民皆から愛される所以だ。この5月新天皇が即位される。平成天皇に続き、象徴天皇としての道をしっかり歩まれるとのお言葉に頼もしさを感じる。平成天皇同様に国民から尊敬され愛される天皇像を目指して欲しい。

子育て

 子育ては大変難しいようだ。子育てをしてこなかった身であるが、勝手にシンプルに思っている。「子育てとは子供の自立をサポ−トすることだ。子供が大人になって自分で生きて行ける力を付けてやることだ。」と。

 世の親はその思いが強いのか「子供は自分の持ち物だから自分が全責任を負い」理想に近いように育てようとする。親が考える理想は自分の言うことを聞く素直な子で勉強が出来て運動が出来て万能選手だ。その結果過干渉になりあれこれ指図をしたりうるさく付きまとったり子供が自分で考え判断していく力を削いでしまっている。子供は自分とは違う人格を持っており一人一人個性を尊重し長所を伸ばしてやることが大切だ。

 子供は両親から生まれるがその人格は神様から与えられる。両親は子どもを育てる義務があるが自分勝手にして良いものでは無い。感情的になり虐待する親のニュ−スが聞こえてくるが基本は愛情だ。子供の長所を褒め、失敗を慰め、どんな場合にも両親は子どもの味方であることを子供に感じさせることが大切だ。もし将来犯罪を犯すようなことがあっても子供の支えになってあげるのは親の義務だ。親しかいないではないか。親が見捨ててしまっては子どもは救われない。そんな風に思うのであるが、、、子育ては難しい。叱り方やしつけ方やほめ方どれをとっても難しいと思うが、本人のやる気や自主性を尊重して前向きに育ててほしい。

高齢者講習

 高齢者が免許証更新に必要な高齢者講習を受けるのに苦労した。高齢者講習を行っているのは鮫洲試験場はじめ各自動車教習所であるが3か月先まで予約が取れない状況だった。「4月27日にやっと予約が出来た。田園調布警察は連休中も免許の更新をしてくれるんだよね!」妻に話すと直ぐインタ−ネットで調べてくれた。「連休中はやってないよ!民間と同じように休みです。」これには弱った。5月7日がタイムリミットなのだ。

 妻は本当に高齢者講習が一杯なのかネットで調べ「東京都は無理みたいね。最短で6月3日の所があるだけね。」「長野の田舎へ行けばすぐ出来る所があるらしいが、それも大変だよね。」そしたら妻は近間の教習所へ電話をかけ始めた。三田や池上自動車教習所は予約が一杯で無理とのことだったが、蒲田へ電話すると「4月15日なら可能です。」とのことだった。どうもキャンセルが出たようだ。お蔭で受けることが出来た。まさに奇跡的出来事で妻に感謝せざるを得ない。「あなたはいつも遅いのよ!早く済ませれば良いのに。それに恥ずかしがらずに電話でいろいろ聞けばよいのよ。」ごもっともである。高齢者講習の通知が来たら出来るだけ早く申し込んだ方が良い。予約が取れないのだ。

 高齢者講習は70歳から74歳の人が受けなければならないようだ。受講すればOKで落とされることは無い。実際運転指導では女性のドライバ−がS字カ−ブで縁石に乗り上げても大丈夫であった。受講証明書はもらえた。その他は夜間視力や回復力の検査と視野角の検査がある。視力回復力は68秒で平均60秒よりも劣っている。若者は10秒とか20秒らしい。

 田園調布警察署へ免許の更新に行って来た。視力検査と写真撮影で終わりだ。「講習は受けなくて良いのですか?」「大変な講習受けて来たじゃないですか!今回は受けなくて結構です。」親切とユーモアを兼ね備えた女性担当者だった。

こども食堂

 4月13日(土)のこども食堂は好評であった。天気が良くあまり子供は来なかったが子供26名、大人33名、ボランテイア−17名であった。メニュ−はちらし寿司、おすまし、ジャガバタ、ゼリ−のデザ−トだった。ちらし寿司の素を使いすし飯にして、ゴボウと鶏ひき肉の甘辛煮のソボロを乗せたものだ。子供は無料、大人は300円だ。

 私はおすましの担当だ。塩と出汁の素をベ−スにしたお吸い物だがはんぺんと水菜、たま麩を入れた。なかなか味が決まらず心配したが最後はコクもでて「美味しい!」となった。「これからはス−プの小林と呼んでください!」実際野菜のクズを煮だしたス−プなど数々のス−プを作ってきた。いずれも好評だった。

 ボランテイアに東邦医大の3年生の学生が来た。なかなかのイケメンだ。「将来は医者になるんだ。医学部へ行くのは難しいんだよね」「ええ、その積りです。」「じゃあ-ボランテイアを続けてください。良いお医者さんになると思いますよ。」勝ってなことを言っておしゃべりしたが最後は来月も来ます!と言って帰って行った。女性陣からは大歓迎だった。

 年配のボランテイアの人達とは冗談を言う仲だ。すっかり打ち解けて軽口をたたく。「小林さんに会うのが楽しみで来るのよ!」お世辞がうまい。75歳くらいだが4人とも元気で手伝ってくれる。「それじゃ、今度山菜採りに行きますのでお土産に持ってきますよ」と軽く約束してしまった。

 教会の近くに万福寺というお寺がある。昼休みに山門まで行って見ると梶原景季の墓と「するすみ」の馬の像があった。昨年奈良旅行をしたとき宇治川の戦いを思い出す。梶原景季(かじわらかげすえ)が頼朝に名馬「いけずき」をいただきたいと申し出るが叶わず「するすみ」を与えられる。佐々木高綱(ささきたかつな)が口外しないとの約束で「いけずき」を貰う。宇治川の戦いで両者が先陣争いをするが佐々木高綱が「馬の腹帯が緩んでいる。締め直されよ。」と梶原景季に声掛けし一番乗りを果たした。「いけずき」は洗足池に像があり「するすみ」は万福寺に像があることになりこの辺りは名馬の産地だったのだ。馬込という地名はそこから来たのかもしれない。

家族旅行

 4月6日(土)と7日(日)長野県の東御にある大田区保養所へ家族旅行に行って来た。ここは1998年に建てられた立派な本館と古民家からできている。今回は戸隠から移築されたと言う大きな古民家に泊まることになった。

 今回の旅行は妻の意向で孫達と大勢で行こうと企画されたようだ。私は運転手だ。6日は世田谷の孫娘達と小諸にある懐古園へ向かった。懐古園には遊園地と動物園が併設されており、孫達に喜ばれると行程に組み込まれた。残念ながら横浜の孫娘達は渋滞で到着が遅れ間に合わなかった。先週ハワイ旅行から帰ったばかりで出発が遅れたようだ。

 懐古園では天気も良く孫達は嬉々として乗り物に乗っている。遊園地は楽しいのだ。次いで動物園に行きいろいろの動物を見て回った。キツネやタヌキそれにライオンやフラミンゴなど結構な動物が居る。中でも面白かったのは猿がお家のカ−テンを開け顔を出して外を伺っている様子だ。まるで人間みたいと孫達は大笑いしている。懐古園は島崎藤村の「小諸なる古城のほとり、雲白く遊子悲しむ、、、、」の詩で有名だ。古城の趣たっぷりだ。

 夕方保養所に着くと横浜の孫娘達も到着した。孫全員が揃い総勢10名となった。思えば10年前、胃癌でこの世の幕を下ろすのかと覚悟をした時から考えれば、孫達と旅行できるなんて夢のようだ。孫3人は広い野原でボ−ル蹴りやテニスラケットで遊んでいる。山麓の高台にある保養所は景色も良いし広々している。

 夕飯は大きなホ−ルで全員で頂いた。孫達はお行儀よく食事をしている。横浜の孫はゆっくり食事を楽しんでいる。「あのね動物園では猿がこうやって覗いていたんだよ!」といって浦和の孫は猿の物まねをして見せる。良く似ているので皆大笑いだ。「この馬刺しは美味しいね!」特別頼んだ馬刺しが人気であった。私には食べきれない程の料理であった。

 古民家に引き揚げ大きな4部屋に布団を敷いた。私の田舎の農家でもこんな大きな家は少ない。戸隠の豪農の家だったらしいが広い土間と板の間、それに南側と裏側の大きな廊下は広々した空間を作っている。大きな板の間は床暖房になっているので快適だ。古民家での宿泊も孫達には楽しい経験になっただろう。皆がお風呂に行っている間に横浜の孫娘に私の小さい頃の話をした。兄弟の中では一番臆病だったこと。弟が悪さをして父親に叱られると家を飛び出してしまったので子供達で探しに行かされたこと。「絶対お宮の中に隠れているはずがないよ!」探しても見つからないので姉がお宮へ行って隠れているに違いないと言ったのを否定したのだ。ところが真っ暗なお宮の屋根の鴨居に弟がしがみ付いて隠れていた。夜8時ころだ。懐中電灯に照らしだされた光景は今でも忘れられない。

 臆病であったが小学校3年までは学校へは喧嘩をしに行っていた。学校から北方面のガキ大将と南方面のガキ大将である自分は休み時間はいつも喧嘩をしていた。子分の取り合いをするのであるが3年までは決着がつかなかった。しかし4年になると勉強が出来た自分は学級委員や児童会長をすることになり自ずと決着がついた。ライバルのガキ大将は今はもう亡くなってしまっている。

 翌日は鬼押し出し園へ行くことにした。世田谷の孫娘は火山に興味を持っている。「浅間山が噴火して鬼押し出しが出来たんだよ!溶岩で出来たんだよ」「恐竜が居た頃よく噴火があったんだよね!」「そうだね!しかし浅間山が噴火した時には恐竜はもう絶滅して居なかったんだ」浅間山の噴火は1783年(天明3年)だ。一茶も体験している。孫達は岩陰に残る雪で遊ぶのに夢中である。息子の嫁さんは鬼押し出しは初めてとのこと楽しかったようだ。近くのステ−キハウスで食事をしようとしたがまだやっていなかった。レストランで皆で昼食をとり解散となった。皆が楽しめたようで良かった。あと何回家族旅行が出来るだろうか?

 今日は私の誕生日だ。親父よりも長生きしたし、姉二人よりも長命となった。母親は84歳で亡くなっているのでそこまではまだ時間がある。

 4月2日に叔母の墓がある横浜霊園へ墓参りに行って来た。長野へ行く前に最後のお墓参りに行っておきたいとの希望からだ。夫の遺骨を長野へ持っていきたいとのこと丘カロ−トの中を覗いた。簡単に扉を開けれるし遺骨もすぐ出せた。難しいことではなさそうだ。残されたお墓は母方の従妹が守ってくれるだろう。実母の遺骨が入っているのだから。

 世田谷の孫が来てくれた。明日は皆で長野にある大田区の保養所へ行く予定だ。「ジジお誕生日おめでとう!」そう言ってケーキを出しハッピ−バ−スデイを歌ってくれた。娘曰く「ジジの誕生日なのに今朝飼っているメダカが1匹死んだのよ。それを見つけた孫娘が「「メダカちゃん!今日まで生きてくれて本当にありがとう!又新しい命に生まれ変わったらまた私と合おうね!」」と声を掛けていたの!」とビックリ発言だ。この孫娘はなんでも分かっているおませなところがあるが心の優しい子なんだ。

 生と死と言った難しいテ−マを孫娘も考えている。「神様が自分を造ってくれたのなら神様は何処にいるの?」「神様は目に見えないのだよ。遠い所にいるの。」「それじゃお化けと同じじゃない?」神様とお化けが一緒になってしまった。「この世の中で一番大切なのは命だよね!自分で死ぬことはいけないよね。」「その通りだよ。自分の命も他人の命も大切にしなければいけないんだよ。」そのうち孫娘にいろいろ教えられる日が来るかもしれない。

後輩たち

 3月30日に元会社の同僚たちと再会した。本当に久しぶりだ。皆も私の激やせした体型に信じられない様子。「小林さんですか?」確認してくる。15年振りともなれば仕方がない。お互い様の部分もある。

 年長者は鈴木さんのみで私より年齢は下の人ばかりだ。西岡氏、佐々木氏、高村氏、須能氏、それに藤沢さんだ。

 健康の話が大半だがやはり逝去者も多くいた。知らない内に沢山の人が亡くなっていた。若くして死去した人も居る。懐かしい名前もあったがこの齢になると致し方もない。ご冥福を祈るのみである。

 「小林さん。今度のOB会に出席してください。まだ知っている人が沢山いますよ。」会社主催で毎年案内があるが出席したことは無かった。「今回は出席で返事を出しておいたよ。毎年お誘いが来るものだから出席しないと悪いね。激痩せしたので出席もはばかられたよ。」藤沢さんは総務でOB会のお世話係だ。

 「今会社ではPP部門が稼ぎ頭ですよ。小林さんたちが育ててくれたお蔭です。」高村君が言う。「それは良かった。もうPP部門は仕事が減って無いのではと思っていたよ。」「そんなことは無いです。海外へも展開してますし、今年は最高の利益ですよ。」それを聞いて嬉しくなった。会社生活で自分が全力で取り組んできた事業が貢献している。後輩たちが後を継いでくれたのだ。

 夜はあいにく雨模様になった。夜桜見物とはいかず再会を約束して別れた。

車検

 昨日車検に出すためデ−ラ−へ車を持って行った。すると「タイヤが摩耗しており車検が通らないかもしれない。タイヤを交換したほうが良いです。」と言われた。冬用タイヤなので摩耗が早いと言う。とっさに思い出したのが友人からタイヤ交換する場合は自分の所から買って呉れと言われていたことだ。「車検が通らないのは困りますが通るようでしたら通してください。友人からタイヤ交換する場合は自分の所からと言われていますから。」

 すると車を再度見に行き「どうにか車検は通りそうです。価格の問題でしたらタイヤは私の方が安いですよ!」と言われる。友人に電話すると「車検だけ通してもらえば!タイヤは自分の方で見つけるから」とのこと落着した。スノ−タイヤをノ−マルへ履き替える予定だ。

 「デ−ラ−はこの際とばかりに部品の交換を勧めてくるんだよね。まだ問題無いのに。常套手段だよ。自分もそうだもの。」友人は笑っている。「交換するときは頼むよ!」と言っておいた。

 その後デ−ラ−から電話があって「ブレ−キパッドは1年しか持たないので代えた方が良い。バッテリ−も電圧が下がっており交換したほうが良い。オイルやクリ−ナ−等の消耗品も交換したほうが良い。」と言ってきた。12万円ほどになる。法定費用を含めると18万5千円くらいだ。その他に任意保険や税金がかかるので車は金食い虫だ。自分は田舎へ行く必要があるので仕方ないが都会生活なら車は持たない方が良い。だんだん車離れが起こるのが分かる気がする。

 体力が戻ってきたら働く積りだ。自分のレジャ−費は自分で稼がなければと思う。

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