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農夫

 今日は気温が上がり暑くなってきた。この暑さに慣れるにはまたしばらく時間がかかるだろう。暑さと共にコロナが去ってくれればこんな嬉しいことは無い。でもコロナは何処に潜んでいるか分からない。巨人の坂本選手もかかっていたと言う。彼らはもともと身体が丈夫だ。年寄りとはわけが違う。自然に治ってしまったようだ。

 明日からまた田舎へ帰る。畑の草取りやジャガイモの芽欠きをする予定だが、何よりシャインマスカトの花穂整形が待っている。弟に電話すると「今年はどういうわけか遅れている。昨年よりは遅いのでまだ大丈夫だ。」しかし例年だと6月初めには花穂が大きくなりまごまごすると花が咲いてしまう時期だ。どうしてもこの時期に花穂整形しないと上手くいかない。「いいよ!5日には田舎へ行くから」と電話しておいた。

 今年は雪が降らなかったりまた4月に降ったりと天候不順だ。このところ暑い日が続く。どうか農作物が上手く育ちますように!と祈る思いだ。ゴルフが上達することに喜びを感じるように私は野菜つくりが上達することに喜びを感じる。種を蒔き、芽が出て立派な野菜になることが嬉しいのだ。田舎育ちの農夫なのだとつくづく思う。出来た野菜は近所の人にあげるのが楽しみだ。

 叔母の家の処分が終わった。来週叔母を東京に連れてきて最後の点検だ。何かと忙しい6月だ。

ジャガイモは順調です

 5月25日に長野へミシンを持って行った。叔母がどうしても使い慣れたミシンが必要だという。昔のミシンでこれが随分重いのだ。20kgは有ろうかと思われ、手伝ってもらって車に乗せた。その他アンテナや農業用支柱などを持って行った。

 叔母の所にミシンを降ろし、即山の畑へ向かった。キュウリの苗が1本枯れていた。田舎は雨が少なく駄目だったようだ。ジャガイモ畑は新芽が出ていた。90%くらいの発芽率だ。まあまあ合格だ。昨年落ちた蕎麦の実が一緒に発芽しているので雑草として処理した。

 翌日は朝から畑へ行き草刈りを行った。カボチャの苗を植えたのがどうにか根付いたようだ。カボチャは草むらの方へ誘導する予定なので草刈りが必要だった。草を刈った後に稲わらを敷いた。雑草の成長を遅らせるためだ。

 そこに友人がやってきた。「ジャガイモは良く発芽したね。自分のはまだやっと芽が出た程度だ。」「大丈夫だよ。芽が濃い緑をしているからきっと良いジャガイモになるよ!」友人を励ました。毎年ジャガイモを作っているが上手くいかないのだ。たぶん手の掛け過ぎなのだ。自然に任せて放っておけば良い物を一生懸命土寄せしたり肥料をあげる。ジャガイモ君も疲れちゃうのだろう。「ニンニクは立派に育っているね!この辺りでは一番の出来だ!」素晴らしいニンニクになっている。こちらは褒めた。

 午後からはキュウリの苗を買いに行った。ついでに草刈り機の混合燃料を作る容器を買った。畑に戻ってプリンスメロンの苗を6本植えた。まだ小さな苗なので無事に育つか心配だ。ジョロで水やりをしていると雨が降り出した。恵みの雨だ。

 翌日は山小屋の周りでワラビを採って帰京した。短時間の帰省であったが農作業は全部こなしてきた。満足であった。

一時帰郷

 5月7日に田舎へ行った。コロナウイルス問題がまだ解決してなくて外出自粛の緊急事態宣言が続いている。今回は叔母の家の残務整理で布団や家財道具を持っていく必要があった。それ以上に心配だったのは農作業だ。自然は待ってくれない。

「ニンニクの畑は草だらけだよ!今年は雑草の伸びも早い。草取りをしないとニンニクは大きくならないよ」と田舎の同級生からの電話だ。「分かっているが長野へ行くのもはばかられる。連休明けには何とか行くようにするよ!」「コロナは持って来ないようにね!」コロナは注意しているので自分は大丈夫だが、何があるか分からない。ただジャガイモを今植えないと夏のソバ種蒔きまでに収穫できない。もうタイムリミットだと覚悟して出かけた。

 8日からは同級生達と畑を耕しジャガイモを植える準備をした。ニンニクの草取りをしたがまあ-まあ-に育っている。今年は黒ニンニクを作る予定だ。9日にはジャガイモ100個ほど植えた。10日には残りのジャガイモ100個を入れてサトイモの畑を準備した。11日にはサトイモ40個植えた。さらにカボチャの苗4本を植え八丁キュウリ2本を植えた。さらにラデイシュの種を蒔いた。

 農作業は順調に進んだが、山小屋の水道ポンプが壊れた。12年も経てば故障も出てくる。逆止弁が壊れたみたいで送水しない。弟に連絡すると山小屋にやってきた。「これはポンプを交換しなければ駄目かも知れない。応急手当で水源の近くにあるポンプとパイプを直結してみよう。上手くすれば水が送れるかも知れない。」翌日道具をそろえてやってきた。パイプを外し柔軟性あるパイプを所定の長さに切断し端部に金具を付けて古いパイプを繋いだ。水道工事も簡単にこなす。スイッチを入れてみると水が出るようになった。「上手くいった!これでしばらく我慢してくれ!」「有り難うよ。ポンプを新調するかは検討してみる。」水が出ないと大変な不便だ。

 12日には山小屋周囲の掃除をして枯れ枝などを燃やした。周りには木の芽の山菜が沢山出ていた。「コシアブラ」「タラの芽」を採って東京へのお土産とした。今年は気候がおかしく山菜も良いのは少ない感じだ。山小屋の掃除は充分できなかった。5月末頃また来る予定だ。コロナには十分気を付けて過ごしたい。

孫を相手のステイホ-ム

 外出自粛の緊急事態宣言の中ステイホ-ムは本当に疲れる。孫の相手をしながら家事をこなしている。昨日は玄関ドア-の取っ手の修復を行った。アルミの押し出し形材で出来た取っ手は20年も経つと塗装内部に雨水が入り腐食で膨張しはがれて来ていた。

 取っ手を外してみると塗料はメタリックな厚手の塗装だ。ただ下地処理としてアルマイトがされていない為雨水が入り込み腐食したようだ。アルマイトをしてくれていれば剥離するようなことは無かったと思われる。

 塗装を剥離し表面を滑らかにした。腐食箇所はヤスリでそぎ落とした。どうにか滑らかな表面にし、DIYで買ってきたメタリック塗装をした。「思ったよりきれいに仕上がったじゃない!」褒めてもらったが、その上にクリア-塗装をしたらシルバ-塗料が剥離してしまった。溶剤に溶けてしまったのだ。やり直しになってしまった。

 夜孫を車で送って行くとき「あ、閉じている!カボチャも人間と同じだね!夜になると寝るんだ!」玄関に置いてあった鉢にカボチャが芽を出していた。昼間は双葉を広げていたが夜閉じていたのだ。花が閉じたり開いたりすることは見ているが葉がそんな動きをするとは思いもしなかったので驚いた。孫の発見であった。

 「ジ-ジ、スピ-ドを出し過ぎだよ!」「スポ-ツカ-を見ると競争したくなっちゃうんだ。」「ジ-ジはまだ子供だね!危ないでしょう!」孫には敵わない。

4月

 もう5月。4月は何もしない、無いに等しい月となってしまった。桜の満開が有ったり、自分の誕生日もあったり姉の命日が有ったりと何かと行事があり思い出深い月のはずが、今年は外出自粛で家に閉じ籠って終わりとなった。年寄りにはさして変わらない日常であるが、働いている人や若い家庭では大変なことだったろう。残念ながら5月も外出自粛が続く。

 今年から始めたスマホのラインはにぎやかだ。皆することが無いのでラインに投稿する。掛け合い漫才ではないが「誰か止めてくれ!」といつまでも続く。少しは気がまぎれるのだろう。自分もたまにお付き合いしている。

 この自粛期間の過ごし方が結構難しい。自分は教会の記念誌の原稿をペ-ジにする作業を行っていた。40名くらいの原稿を冊子のペ-ジにするのであるが結構難しい。WARDを学ばなければ編集作業が進まないことに気付いた。テキストボックスの挿入の仕方と写真の加工挿入が出来ればそこそこのペ-ジが作れる。まあ-いい勉強になった。

 もう一つは孫の相手だ。活発で体力のある孫は疲れを知らない。お付き合いするのが大変でヘトヘトになる。聞けばどこの家庭も両親に代わり孫の面倒を看るのに大変なようだ。食事を作り遊び相手になり送迎するとのこと同じ苦労を味わっている。しかし孫が元気なことは有難いことだ。

 友人の奥さんが4月24日亡くなった。心配だったが本当に亡くなるとは考えてもいなかった。お孫さんもおられたようだが残念なことだ。人はいつかはこの世界と別れなければならないのは分かっている。しかし出来たら孫の成長を見届けたいのは誰しも願うことだろう。残された友人がしっかりと孫の成長を見届け、亡き奥さんへ知らせてくれるだろう。このコロナウイルスが収束したら皆で集まり友人を慰めたい。5月には少しは明るくなって欲しい。

訃報

 4月25日、訃報連絡が届いた。友人の奥様が68歳の若さで亡くなられた。丁度女優の岡江久美子さんが63歳でコロナウイルスで亡くなられたのと同じ時期だ。岡江さんと同じように癌で闘病中であったが友人の奥さんはコロナではないと言う。

 4年前のスキ-部の「古希の会」の時に初めて聞いた。私が癌の手術をしており経験者としての意見を聞きたかったのかもしれない。それは心配な事であったが手術が成功しボルネオで夫婦でゴルフが出来るまで回復された。今の医療技術である。きっと長生きできると思っていたが願いは叶わなかった。60代は若い。とても残念だ。短い人生?となってしまったが、友人の多くの思い出を作り、豊かな人生を支えてくださり感謝です。今後は友人やご家族またお付き合いのあった人々の想い出の中に永遠に生き続けられるでしょう。

 コロナウイルスも恐ろしい感染症である。重症化すると急速に悪化し死に至る。単なるインフルエンザくらいになるにはまだ時間がかかるのだろう。終戦直後には結核が流行り、死の病気として恐れられた。結核の場合は空気感染するので恐ろしさはコロナの比では無かった。完全隔離で他人に移さないようにするしか方法がなかった。それがストレプトマイシンが出て結核は治る病気となった。治療薬やワクチンが出るまで感染しないよう気を付けるしかない。

 癌も恐ろしい。医学が進歩したとは言え、やはり死に至る確率の高い病気だ。抗癌剤の使用で増殖は抑えられても体力や免疫力が低下すると癌には勝てない。再発の危険性が増す。自分は本当にラッキ-だった。手遅れで余命宣告されても不思議ではない状況だった。神様は「まだお前にはやることがある」とお許しにならなかったのだろう。生き延びたことに感謝し、もう少し頑張ってみようと思う。天国に召された方々の魂の平安を心から祈る。

山ウド

 緊急事態宣言により外出は自粛している。ただ可能な限り散歩は継続している。引退した老人は家に居ることが出来るが働いている人はそうはいかない。ご苦労だがコロナには気を付けて務めを果たしていただきたい。

 楽しみにしていた田舎での山菜採りも中止になった。東京からコロナウイルスを持ち込むことはできない。今年は残念ながら中止にした。15年間続いてきたのだが仕方がない。来年は出来るだろう。

 その代わりと言うか田舎の友人が採れたての「山うど」を送ってくれた。まさに新鮮な山の幸だ。色合いと言い香りと言い最高だ!早速天ぷらにした。また太い所を皮を剥き乱切りにして甘酢和えにした。これが一番だ。まさに春の味覚満載である。

 「どうも有り難う!残念だが山菜採りは諦めた!だが畑仕事は頑張る予定ですので宜しく!」松野君に電話した。「待っているよ!田舎では農作業が始まっている!でもまだ寒い日があり焦る必要はない!」

 今月は我慢の月だ。コロナウイルスの蔓延は何としても防止しなければならない。5月には希望を見出したい。人生苦もあれば楽もある。苦悩の日々だけではない。

コロナウイルスの死滅を願う

 新型コロナウイルスは思っていた以上に深刻だ。パンデミックになりオリンピックが1年先送りになった。この状態ではオリンピックどころではない。やむをえない状況だ。日本に大流行しないことを祈る。

 コロナウイルスの治療薬やワクチンはまだ開発されてない。そうなると感染予防対策しか有効な手立てはない。感染予防には感染者と接触しないことが第一だ。その為には行動自粛も止むを得ない。我慢するしか方法が無い。

 思いもかけないコロナウイルスの流行で各種の行事が中止や先送りになった。私も元の会社の皆さんとの食事会が中止になり今日また田舎の同級会も中止の連絡が来た。確かにこの状態では盛り上がらないだろう。

 昨日田舎の同級生から電話があり「山菜採りは4月20日頃やりたい。今年は早くてもうコゴミが出ている。山ウドも出始めているので絶対やるよ!30kg位背負えるように身体を鍛えておいてくれ!」「そんなには無理だよ!誰かポ-タ-を頼まなくては駄目だな!」「情けないことを言わずに来てくれ!必ず実施するから!山はコロナウイルスとは無縁だよ!」

 暖かくなると同時にコロナウイルスが死滅してくれるとありがたい。ニュ-スを聞いているとそれは無理らしい。仕方がないからしばらくはじ-と我慢だ。

巣箱

 昨日は孫娘と巣箱を作った。テレビでシジュウカラの番組を見て作ることを思い立ったようだ。私に「ジジ-、巣箱作って!」と電話の向こうで叫んでいる。

 DIYより板を買ってきた。適当なものが無く厚さ20mm幅180mm長さ1.8mと重い板になった。一応設計図を書いて板取を行った。孫は板を抑えたりノコギリで挽いたり結構役立つ。巣箱の側板はテ-パ-が付く。ノコギリで切る時刃が食い込み上手く挽けない。「ジジ、反対側からやったらどう?」なかなか知恵がある。見事にカットすることが出来た。

 巣箱の入り口を丸く大きな穴を開けるのも苦労した。糸鋸でやったが奇麗にはならない。やすりで仕上げてそこそこ見栄えを整えた。あとは組み立てと屋根を蝶番で開閉できるようにして終わりだ。金槌を一生懸命打っていた。

 出来上がったのを見るとまあ-まあ-だ。ちょっと大きすぎたかなと思われたが後は小鳥さんが気に入ってくれるかだ。今年駄目だったら来年は田舎に持って行って掛けようと思う。

 孫を遊ばせるには丁度良い。孫はついでに木片で下駄を造ってしまった。板にひもをテ-プで止めて履けるようにしている。すぐ外れてしまったので板に穴を開け鼻緒を通すようにしてあげた。下駄の感覚を味わって喜んでいた。半日かかってしまった。

記憶力

 新型コロナウイルスの広がり防止のため学校や幼稚園など休校になっている。その為こどもさんを預かるお爺ちゃんお婆ちゃんも増えている。孫達を預かり面倒を看るのだ。子供の方が体力があり大抵は老人が草臥れる。

 昨日は世田谷の孫娘を迎えに行き昼食はラーメンを作った。「ジジのラ-メンは美味しい!」何故か評判が良い。午後は妻が公園に連れだし散歩を兼ねた運動をさせた。夕方戻ってきて今度は私に「イ-スタ-エッグ探し」をやろうと言う。子供は次から次と遊びを考える。イ-スタ-エッグを探すのも一苦労で大変疲れる話であるが、私が隠したイ-スタ-エッグが見つからないハップニングが起きた。4個隠した内の1個がどうしても見つからない。隠した場所が思い出せないのだ。完全に記憶が飛んでいる。

 そういえば叔母がしまった鍵やハンコが見つからないと大騒ぎをしていた。一つの動作だけなら覚えているのだろうが幾つも重なるとどこにしまったかが分からなくなってしまう。私も3個の隠し場所は覚えていたのだが4個目が全く記憶が無い。孫娘が帰り際テ-ブルの上のおもちゃの座布団をひっくり返すとイ-スタ-エッグが出てきた。「ここにあった!」面目ない!

 記憶力が衰え体力も衰え徐々に認知症になって行くのだろう。情けないが兆候が出ている。記憶力の回復に努めたい!70代が勝負かも知れない。

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