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食道ガン

 食道癌にかかった友人が生還した。退院後の養生について聞きたいとのことこの近所のファミレスまで車でやってきた。「やあ-お元気そうで何よりです。」「まだ完全じゃないんだがやっと食べれるようになったよ。」食道の全摘手術を行っている。

 彼は同級生の中でも人一倍体力があった。若い頃はヒマラヤ登山を行っている。明大の探検部だった。山を愛し日本のほとんどの山を登っているそうだが特に好きなのは冬山登山だったと言う。過酷な自然環境の中で挑戦することが面白いのだそうだ。そんな彼が食道ガンになったと聞いて驚いた。癌は頑健な人にも発生するのだ。

 食道ガンは恐ろしい。私の父は34年前に食道ガンにかかり4か月で亡くなっている。当時は癌は死の宣告だった。自分達の力ではどうにもできない無力さに打ちのめされた。姉の勧めで放射線治療を試みたが声が出なくなり体力も落ち悲惨な病院生活を送った。その時のことを思い出すとガンを何とか退治して欲しいと願わずにはいられない。

 「食道ガンは気付いた時はすでに3cm位になっていた。昔から喉に違和感があり前兆と言えば前兆だった。最初はガンを手術で摘出すれば大丈夫と言われていたが、抗癌剤を打っているうちにさらに大きくなってしまった。抗癌剤が合わなかったようだ。娘の勧めで有明癌研に入ることになったがステ-ジ3~4と言われ余命宣告までされた。」大変な病状であったが不思議と動揺はしなかったと言う。私の場合は毎朝「62歳で人生の幕を閉じるのだ」と病院の窓から朝焼けを見ながら思ったものだ。

 「いろいろ選択肢があったが食道の全摘手術を選んだ。食道を摘出し胃の上側2/3を縦に半分ほどにカットし縫合して食道を造る。それを喉と縫い合わせる方法だったが10時間かかった。腹腔鏡手術だった。」すごいことをやるもんだ。昔ではとてもそんなことは考えられなかったが胃を食堂代わりに利用する方法で成功している。1か月ほど胃ろうだったがやっと喉から飲めるようになったそうだ。ただ食道代わりの胃がくっついてしまうのでバル-ンで広げたこともあるそうだ。本当に助かってよかった。医療の進歩に感謝である。ガンは死の病では無くなりつつある。

 「今年は田舎で農業をやろうと思っている。自分の場合は結構リハビリになっているんだ。」「自分もやりたい。今年の同級会には是非参加したいしその後山菜採りや畑仕事を行いたい。」「いいね!山小屋に泊まって一緒にやりましょう。」再会を約して別れた。

スマホは便利

スマホはなかなか便利だ。携帯電話は電話出来れば充分と思っていたが、スマホは携帯パソコンだ。調べごとは出来るしGPSも入っている。カーナビにもなる。おまけにLINEという便利な機能がある。これなら普及するはずだ。まだ慣れないので苦労しているが妻は毎日スマホ教室へ通っている。若者はスマホの虜になることも無理ない事だ。自分も頑張るぞ。

旅立ち

今日は寒くて家にいました。夕方叔母から電話がきた。「こちらから電話するから」と言って電話を切った。叔母の電話は長いのだ。私の電話は使い放題なのでかまわない。電話をかけ直すと1時間もはなした。今の生活には満足している。ただ自分の生命は長くは無いと思うと気弱な事を言う。何でもやって貰うので安心してしまう。弟の孫娘の面倒を見ることが楽しみだそうだ。春から佐久の看護学校へ行く。学資を見てあげるそうだ。叔母の存在に孫娘も感謝するだろう。叔母を大切にしてもらえば有難い。旅立ちの春も近い。


スマホ

 年の初めからひいたしつこい風邪がやっと治った。10日間もかかったことになる。体力が落ち、風邪に対する抵抗力も格段に無くなっている。年齢だからしようがないのだ。気を付けなくてはいけない。

 13日に息子が来てスマホに買い換えるのをやってくれた。ガラケ-をスマホにするのだがキャンペ-ンをやっていて今なら無料で出来ると言う。近くのコジマに行き頼んだが希望の機種は在庫が無いと言う。他の機種を勧められたが息子は「他を当たって見ます」と断った。2件目にビッグカメラへ行ったがそこもiphone xrは1台しかなく2台めは他の機種を勧める。「iphone xrは10万円くらいするでしょう。他は3万円ほどですからその分何かお得感を出してくれたら考えますが」と息子はなかなか厳しい要求をする。「上司に相談してみます」と言って若い店員が居なくなると息子はヨドバシカメラに電話して在庫状況を確認している。ビッグカメラも断って結局ヨドバシカメラに在庫がありそこで購入することになった。

 スマホに関する知識もなく、店員と息子のやり取りをただ聞いているだけだったが年寄りには難しい。こちらはただハイハイと返事をしているだけだ。息子に交渉してもらって良かった。感心したのは息子も値引き交渉をするのだ!感じよくたくましくやっている。これなら会社でも上手くやれているのだろうと思った。「専門知識があるからIT製品のことは出来るみたいよ」と妻が言う。

 ガラケ-は近々使え無くなるそうでスマホに替えなければならなかった。使い方が分からず苦戦している。LINEで思わぬ人からメッセ-ジが来てビックリである。使いこなせるよう勉強しねばならない。

イランとトランプ

 1月3日より風邪で寝込んでしまった。年齢のせいか風邪はなかなか治らない。風邪薬を飲みホッカイロをし厚着をして寝ているが風邪の症状は抜けない。5日に教会へ行ったが教会員に移してしまったようだ。困ったものだ。人様に迷惑を掛けるようじゃ外出しない方が良い。今はひたすら治すべく寝込んでいる。

 1月2日にイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が爆殺された。トランプ大統領の命令で実行されたと言う。IS掃討作戦ではイラク軍とともにソレイマニ司令官も協力したらしい。その人がトランプ大統領の考えだけで暗殺されて良いのだろうか?世界が納得するだけの理由があったのだろうか?イランのハメイニ師は報復としてイラクのアサド空軍基地へミサイルを撃ち込んだ。トランプは反撃されればさらに攻撃を加えると威嚇していたが被害が少なかったのでそれはしないと述べた。

 米国は何故この人を大統領に選んでしまったのだろう?アメリカファ-ストと声高に叫ぶ米国の大統領は民主主義国のリ-ダ-に相応しくない。すべて損得勘定で判断するリ-ダ-は世界のリ-ダ-にはなれない。大統領選挙を有利に戦うために暗殺したとしたら風上にも置けない。人の命が一番大事なもので命を守る為に叡智を尽くすのが民主主義国のリ-ダ-だ。命には老若男女や人種による差別は無い。人それぞれは一度限りの人生を歩む。人権の尊重や自由・平等と言った民主主義の原則は守られなければならない。そうでなければ人類の苦難の歴史が無駄になる。

 日本は第二次世界大戦の敗戦で二度と戦争をしないと誓ったのだ。戦争は人道上許されない悲惨な結果をもたらす。人が人の命を奪ってはならないのだ。戦争は人命軽視の最たるものだ。日本は戦争を憎み反対し、二度と戦争が起こらないよう努力しなければならない。寝ながらあらためて思った。

新年会

 新年の幕開けだ。昨年は久しぶりに良い年になった。体調が良くなり普通の感覚で生活できるようになった。今年も健康には注意し面白いと思うことを精一杯やって見たい。

 昨年は長らく会うことも無かった友人達と会うことが出来た。元会社の同僚や先輩、シアトル時代の友人いずれも数十年振りの再会であった。会社の多くの先輩が亡くなっていた。体力が落ちまるで妖怪のような姿になった人もいた。私もその一人だ。昔と変わらぬ人もいた。お互い齢をとったのだけは間違いないが楽しい再会だった。

 年賀状に田舎の友人が台風19号で自宅に1.2m浸水したと書いてきた。大変な被害だったのだ。弟もりんご畑が全滅したが家の方は被害が無かった。今年はそんな災害にならなければ良いが温暖化による気象の変化だとすると今年も心配になる。どうか良い年で有りますようにと願わざるを得ない。

 今日はこれから我が家の新年会だ。皆元気に一年を送れたことに感謝し新たな年も素晴らしい年になるよう祈りたい。楽しみなのは孫達のユ-チュ-バ-だ。すっかり司会者になったつもりで登場する。どんなお話をしてくれるか期待したい。良い年になるよう皆で頑張ろう。

ノンストップ

 今年は叔母を長野の田舎へ転居させることが出来た。長年住んだ東京の家は売却することになる。ただし来年3月か4月頃もう一度東京に来て家で泊まりたいと言う。もっともな事だ。納得いくまで惜しんだらよい。

 弟の姪の子供は高校3年生だ。来年は看護学校へ行くと言う。「老人になるとストップが出来なくなるんだって。こんなことを言ってはいけないと考える前に口から言葉になって出てしまうんだって。」老人の面倒を看ることになるので心構えを教わったらしい。まさにその通りだ。ブレ-キが利かず思ったことを即言葉に出してしまう。叔母にも当てはまる。「そうなのよ。良く勉強して介護のこと教えてね!」叔母が応じていた。

 齢を重ねると我慢することが出来なくなる。忍耐力が衰える。自分の好き勝手なことを言う傾向が強まる。致し方が無いが、出来たら相手を思い遣る心遣いは失いたくない。自戒させられる。

 今日は暖かな大晦日になった。これから寒くなるらしいが今年を象徴する年末だ。新年に孫達が集合するらしい。せめて手作りのおせち料理を振る舞ってやろうと黒豆やサトイモの煮物を始めた。この後は手作りの焼き豚を作る予定だ。夜には年越し蕎麦を打つ。幸せな一年が終わる。来年も良い年でありますよう祈る。

ソバ打ち

 12月29日は教会でソバ打ちをした。もう12年にもなる。なかなかうまく打てないのが悩みであった。今回は苦労して手に入れたソバ粉だ。皆に喜んでもらえる蕎麦を打ちたい。

 朝7時40分に阿部さんに迎えに来てもらった。そば粉とソバ打ち道具を積みこみ8時に教会へ着いた。そこには高校1年生の坂田君が来ていた。いつもサ-バ-を務めてくれている。「ソバ打ちやってみます?」「ハイやってみたいです。」思わぬスケットの出現に嬉しくなった。

 「じゃ-今日は各人2鉢を打っていただきます。5人前を6鉢打てば30食になりますから。」ソバ打ち当初からのメンバ-である阿部さんと田島さんにお願いした。私は坂田君に教えながら打つことにした。「ソバ打ちは最初の水回しが重要です。水の量は100g当たり50ccと考えてください。600gで打ちますから300cc用意してください。捏ね鉢の中のソバ粉と強力粉をよく混ぜそこに水をふりかけしっかり水回しをしてください。この段階では素早く全体に水分が行きわたるよう自信を持ってやってください。」私がやって見せながら教えたが初めてにしては筋が良い。捏ねが終わると延しを行い蕎麦切りまで手伝ってくれた。

 そこへ河瀬さんが来てくれた。河瀬さんも初めての体験だ。2鉢目は河瀬さんに説明しながら打った。自信は無さそうだったが捏ねなどは力があるせいか上手にしてくれた。二人のお蔭で私は随分助かった。私は一人でもう一鉢打った。「もう10年もすれば皆さんが居なくなりますので後は私に任せてください!」高校性の坂田君にからかわれる。

 礼拝後ソバを茹でることから始めた。太さにばらつきがあるので平均2分くらい茹でた。全部で40食ほどになった。今回のソバ打ちは上手くいった。皆さんが「美味し!」と喜んでくれた。伊藤さんのそばつゆや薬味、それにこんにゃくおでんも美味しかった。皆さん良いお年を迎えてください!

認知症予防

 12月22日に教会でクリスマスペ-ジェントがあった。主役は子供達でマリヤ様役に人気がある。今年も美少女がやっていた。世田谷の孫はクリスマスに興味を持ち「何故イエス様は馬小屋で生まれたの?」と聞いてくる。「泊まる宿が無かったんだよ。ヘロデ大王の命令で住民登録しにエルサレムへ行く途中だったの。宿が満杯なので馬小屋に泊めてもらったんだ。」「生まれた時お星さまが光ったんだよね!」「そうだよ。そのお星さまを作って欲しかったんだ。」「もうできているから今度行くとき持っていくよ。」

 残念ながら当日は他に用が出来て来れなかった。また来年にでも見学すればよい。祝会の時日曜学校の先生から「お孫さんにあげて!」といってクリスマスプレゼントを貰った。いつか教会に連れてこようと思う。

 帰り道、子供食堂にボランテイアで来てくれていた土屋さんに遭った。「中馬込の区民センタ-へ行くところなの。小林さんも来て!」と強引に連れて行かれた。高齢者が無料で使える施設で図書室やカラオケなど娯楽施設に風呂まであると言う。私よりも年配の方ばかりであったが楽しそうに話しかけてくる。「これから私もお世話になると思いますので宜しくお願いします。」といって辞した。帰って妻に報告すると自分もその施設を使えるように登録してあり近くの場所へ行っているとのことだった。果たして自分は通うかは疑問だが暇な折には覗いてみたい。少しでも刺激を受けて認知症予防に努めたい。

 齢を取るとすべて衰えてくるものだ。自分の記憶力の無さには嫌になる。まるで思い出さなかったり何処に置いたのかも分からない。叔母の家の鍵を預かったのに紛失した。たぶんガソリンスタンドで落としたのだろうと思われるが気づくのが遅く見つからなかった。幸い予備の鍵が有ったので困らないでいる。一度にたくさんのことを並行してやることもできない。一つ一つ片付けて行かなければできないのだ。90歳の叔母も引っ越しでお金を紛失したと言って大騒ぎをした。結果として自分で仕舞っていたのに。「記憶がまるでないのよ!引っ越しで疲れてしまって記憶が飛んでしまっていたの。」致し方がないと思う。認知症にだけはならないで欲しい。

蕎麦粉引き取り

 12月10日から又長野へ行った。叔母の要請した時計やラジオなど小物を積んで行ったがメインはソバ粉の引き取りだ。松野君は建築現場を回っておりなかなか忙しそうだ。でも今回は何が何でもソバ粉を持って帰りたい。これが今年最後の田舎帰りだ。

 幸い天気が良く雪が無い。菅平もほとんど雪が無く人口降雪機でゲレンデを造っていた。スキ-場にとっては暖冬は迷惑な話だが私は有難かった。スノ-タイヤに履き替えるのも油圧ジャッキで比較的簡単に行えた。フロア-ジャッキはポイントが分からず今回は諦め、各タイヤのジャッキポイントで上げて交換した。

 11日には畑へ行って見た。前回来た時は雪に覆われていたが今回雪が無かった。畑に残っていた野沢菜、ダイコン、チンゲン菜を収穫した。妻からはもう野菜は要らないと言われていたが教会の人々が喜ぶので採った。

 弟の家で前回漬けたダイコンを出してみたら水が上がりタクワンが出来ていた。まだ塩辛い状態であったが「昔風のタクワンで美味しい!」と言ってくれた。「今年はトライで作ってみたが塩が多すぎた。春まで食べようと塩を多くしてしまったが来年は少なくするよ!」ついでに野沢菜を出してみたがこちらもまだ早い。水は上がっているがまだ漬物にはなっていない感じだ。「兄貴の野沢菜は松葉を取り除くのが大変だ!」確かにカラマツの落ち葉が入り込んでいて興ざめになってしまう。「よく洗った積りだが株の間に入り込んだものが落ちなかったのだ。来年は良く落とすよ!」

 松野君に電話すると4時半頃に帰るのでソバ粉を渡せると言われたので正直ホットした。これで今年の田舎での仕事は終わりだ。松野君の所へ取に行くと「キノコを採ってきたから持って行ってくれ!」山菜採りの名人でもある松野君だ。沢山のキノコを貰って帰った。

 12日には東京へ帰った。叔母からはサプリメント代金の振込とガス供給の停止、NHKの解約を依頼された。電気と水道は来年春までは解約しないそうだ。4月頃最後の点検に上京したいと言っていた。

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