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友人の無事を祈る

 8月18日(日)教会へ行った。とても暑い日でやっとのおもいで教会へ着いた。食道がんになったと言う同級生の無事を祈った。「結局有明の癌研へ入院することになった。NTTには断って紹介状を書いてもらった。ここはがん専門病院だけあって10人もの担当医が付く。抗がん剤の最中だがこれが終わって9月末ころ手術の予定だ。」前日友人から電話が有った。

 彼は若い頃ヒマラヤ登山をやっていたほど頑健な身体の持ち主だ。同級生の中でも1,2を競う体力の持ち主だ。羨ましく思っていたがそんな彼でも癌になるのだ。食道がんの大きさは3cmほどあり食道の全摘になるらしい。私もNTT関東病院で癌入院体験があるので励ましたが不安は収まらない。無事の生還を祈るしかできない。

 「小林さん!9月1日は教会へ来られます。記念誌の年表概説文を打ち合わせしたいんですが。」「8月25日は来れませんが9月1日は大丈夫ですよ。」記念誌の主文になる年表概説と称した教会の歴史を書いたのだ。日本の歴史と併記しているので誰でも分かる。公的な文章になるのでやはり多くの人に目を通していただく必要がある。

 8月22日からまた山小屋へ行く予定だ。今度は草刈と秋野菜の種を蒔いてくる。青首大根、白菜、野沢菜、ホウレンソウなどを作りたい。シャインマスカットの出来具合も確認してきたい。田舎は私のユ-トピアだ。

孫娘

 今日8月16日、世田谷の孫娘が来たのでタコが何故骨が無いのかを説明した。「これは地球に生命が誕生した時からの進化の話だよ。最初に生命は海で誕生したがその時は骨が無く柔らかい体だったそうだ。でも生命が進化するといろいろの種類が現れタコの先祖は貝と同じように貝殻で身体を守るようになったんだそうだ。貝殻は骨と同じようなものだがそのうちにタコは貝殻を捨ててしまったのだそうだ。それの方が早く泳げるし獲物を採るのに有利だったためなんだ。そうしてタコは骨無で生きて来たんだそうだ。」「ふ-ん、それでは潜水艦でタコの捨てた貝殻を探しに行きたいな!」「どんな貝殻だったんだろうね?」「たぶんハ-ト形した貝殻じゃない?」孫娘の夢は終わらない。

 この孫娘は何処まで分かっているのか定かではないが的確に言葉を使う。5月頃家に送って行く車の中で「一時停止で止まらないとお巡りさんにつかまっちゃうんだよ。」「お巡りさんは何処に居るの?」「物陰に隠れて見張っているんだよ!」「それじゃ泥棒さんと同じじゃない?どうしてお巡りさんは見張っているの?」「違反者を捕まえて罰金を取るためだよ。」「最低!罰金はいくらなの?」「お年玉よりも多いんだよ。」「信じられない!」分かっているのか分からないでしゃべっているのかこれには驚かされる。交通ル-ルの説明にしては間違っているが孫の反応にはビックリさせられた。

 話のついでにもう一つ。4月に大田区保養所へ行った帰り途に藤岡サ-ビスエリアでママが忘れ物をした。高速に乗っており引き返すのも大変だ。忘れた携帯に妻が電話すると人が出てくれた。「トイレに忘れ物が有ったと届けていただいてます。5時半までに取りに来てくだされば渡せます。」管理事務所の女性が電話に出てくれたのだ。それで急いで本庄のインタ-で降りて引き返した。5時半近くに無事道の駅へ着いた。ママと孫娘が管理事務所へ向かった。お礼を言ってバッグを受け取ると「もうトイレに忘れ物はこりごりだね!」孫娘が大きな声で言ったそうだ。これには管理事務所の女性も笑ってしまったそうだ。ママよりしっかりしている。来年は小学校だ。どんな子になるやら楽しみだ。

タコの夢

 8月8日は孫達とは上信越道の藤岡のサ-ビスエリアで落ち合い世田谷の孫娘を乗せて帰ることになった。佐久のカブトムシ館や温泉を回って来たらしく夕方5時過ぎになった。ここで買い物をして5時半過ぎに高速道に乗った。

 孫娘は遊びの名人だ。面白いことを考える。創意工夫が得意なのだ。車の中でも退屈しない。「ばーばどうしてこんなに遅くなったと思う?」関越道の上りが混んでのろのろ運転だ。「あんたたちがあちらこちらで遊ぶから遅くなったのでしょう!」「違うでしょう!渋滞しているからでしょう。」自分たちのせいではないよと言わんばかりで妻もこれには二の句が継げなかった。

 「じ-じ、教えて!何故タコには骨が無いの?」「それはタコがいたずらしたので神様が骨を取っちゃたんだよ!」「それは前にも聞いたが違うでしょ!」「う-ん、じ-じは良く知らないからラジオ電話相談室に聞いてみたら?」どうもタコに骨が無いのが気に成っていて何遍も聞いてくる。

 「カブトムシはまだ生きているの?」昨年大クワガタが抽選で当たり自宅で飼っているのだ。「いるよ!餌をあげている!」「よく長生きしているね!」「メダカもいるよ!」「へ-、メダカも飼っているの!」「メダカは黒いのや茶色のや4つも違う色がいたよ!だけど今いるのは茶色のだけだよ。タマゴがある。」孫娘は生き物に興味があるのだ。そう言えば4月5日にメダカが死んだとき「メダカちゃん!今日まで生きてくれて本当にありがとう!また新しい命に生まれ変わったらまた私と合おうね!」と死んだメダカに話しかけていたそうだ。

 渋滞のなか孫娘の話は終わらない。お蔭で退屈しないですんだ。夜8時頃家に着くと荷物を持って階段を上がった後私が帰ろうとすると「じ-じ、タコに骨が無いのが今度分からなかったらタコの夢はあきらめるから!」と叫んでいる。「タコの夢?」てどんな夢なんだろう?可笑しくて笑いながら帰った。面白い子だ。

孫の夏休み

 孫達は8月5日に長野の山間部にある清流の水遊びに行った。立科近くの山間にある奇麗な川だ。動画で見る限り今もこんなきれいな川が残っているのに驚かされる。大きな岩の上からこどもたちが飛び降りている。孫は浮き輪を持っているのになかなか飛び込めない。それでも少しすると3m位の高い岩から飛び降りた。孫娘は低い所から飛び降りている。二人とも満足げな顔をしている。

 8月6日は「雷電道の駅」に行き七夕に願い事を書いた。孫娘は絵描きになりたいと書いた。浦和の孫はサッカ-選手だ。大きな雷電像の前で写真を撮り農産物の買い物をして山小屋へ向かった。飯山のベイシヤでバ-ベキュ-の材料を買い沢山の荷物と共に山小屋へ到着した。

 孫達は早速隠れ家を造っている。カ-テンや敷布を利用して秘密基地を造るのだ。

 昨年息子が置いて行ったテ-ブルコンロでバ-ベキュ-を行った。外でやれば良いのに使ってみたいのだと言う。私は特性バーベキュ-ソ-スを作った。「これ煙も出ないし便利だね!」娘の旦那が感心している。下のトレイに水が入れてあり下に落ちた脂が燃えないのだ。このころから浦和の孫は熱を出す。遊び過ぎが原因かもしれない。一人ソファ-で休んでいたが花火の時間になると外へ出て行った。

 7日は孫達は海へ行きたがっていたが浦和の孫が体調が悪く、海は止めて妙高へ「流しソ-メン」と苗名滝を見に行くことにした。私は畑に行きミニトマトの手入れと草取りをした。横の畑の伊藤さんが来て「実は熊にプラムを食べられたのです。また草刈りの最中にマムシを2匹切ってしまったのです」という。現場に行って見るとプラムの樹に生々しい熊の爪痕が残されていた。その樹に死んだマムシが吊るされている。「松野さんが熊よけに吊るしたんです」という。私のジャガイモ畑はイノシシにやられたし伊藤さんのプラムと梨は熊にやられた。おまけにマムシが居るとなると危険な地域だ。気を付けよう!

 7日の夜は私の得意な?シ-フ-ドカレ-にした。教会の食事当番で何回も作っているので自信はある。妻は肉や牛乳などの調味料を追加した。結構おいしいカレ-になって良かった。孫達は食事の後花火を行いその後「まだらおの湯」の温泉に入り奇麗な星を観て帰って来た。途中でホタルにも遭ったそうだ。

 8日は山小屋の掃除をして帰京の準備をした。「ブル-ベリ-狩りに行きたい!鴻巣のお母さんへのお土産にしたい」と妻が言うので畑に寄って帰ることにした。松野君も畑に来ておりごみを燃やしていた。「ブル-ベリ-を採って帰りたいので宜しく!」と挨拶してブル-ベリ-畑へ行き皆で採った。帰りに孫はマムシを見たいので現場へ連れて行けと言う。どうしても見たいのなら仕方が無く連れて行くと「これ蛇!ヒモみたい」と残念そうに言う。生きていれば危険な毒蛇だ。マムシに噛まれたら大変だ。草むらを離れてミニトマトを採って帰った。

 孫達は佐久にあるカブトムシ館に寄って行くと言う。私は妻と弟の家に行った。叔母の部屋のレイアウトを打ち合わせした。姪の子どもの通う「飯山高校」が甲子園へ行くので一家で応援に行くと言う。1万円をカンパして帰った。これで長い夏休みの運転手は終わった。

シャインマスカット畑

 8月2日にどうにか夏風邪が治った。今回は長くて辛かった。7月15日からだから2週間以上だ。肺炎にならなくて良かった。

 4日には長野県の東御市にある大田区の保養所に行った。ここは4月に訪れており皆が気に入って再度申し込んだのだ。古民家は大きく孫達は自由に飛び回る。食事も良く皆満足していた。ここに2泊することになっていた。

 5日は長野の田舎で「ソバの会」が有るので私は朝6時半に出発してソバの会の蕎麦畑へ行った。8時に着くと同級生達は松野君のジャガイモ掘りに行っていた。立派なジャガイモを沢山掘ったそうだ。

 私はジャガイモ掘りを少しして同級生の原田君と牟礼のシャインマスカットを見に行った。原田君は笠間で同じくシャインマスカットを栽培しているのだ。「これは込み入り過ぎてるね!剪定の時に主枝から出た本年度の枝を3節目で切落とし、主枝に近い所の新枝に実を付けるようにしてやる方が良い!そうしないと枝が広がり雪の重さで棚が壊れることもあるし作業がしにくくなってしまう。」さすがプロのぶどう農家だ。見ると直ぐ問題点が分かるのだ。「自分の畑を見に行こう!参考になるかも知れない。」と言って千曲川沿いにある原田君のシャインマスカットの畑を見に行った。この畑はプロのぶどう農家のようにきれいに仕立てられておりH型にぶどうの主枝が作られている。枝からでた新枝には奇麗に1個の房が出来ている。まるでお盆提灯のように1本の枝に左右に並んで房が付いている。「原田君!大したものだよ!私もこのようなぶどう畑にしたかったよ!でももう遅い!ぶどうの枝は自由自在に走ってしまっている。」原田君の畑に感心して帰った。

 「まだらおの湯に先に行っているよ!」ソバの会の幹事から電話が入り原田君と向かった。温泉に入りざるそばと天ぷらを頼んだが混んでいて1時間半も待つ羽目になった。ソバの会の皆と秋の農作業の予定や健康のことを気遣い会話も弾んだ。2時半に解散して私は再び東御の大田区保養所へ戻った。

 夜食事が済んだあと上田市の花火大会を観に出かけた。上田市が一望できる高台で花火を楽しんだ。6日からは皆で山小屋で泊まることになっている。

シ-フ-ドカレ-

 7月15日以来の夏風邪は本当につらかった。体重が50kgを切ったのにはびっくりさせられた。食欲がわかず極端な栄養失調になったのだ。摂取するカロリ-が少ないのに消費するカロリ-が大きく体重を落とすこととなった。

 東京に帰り静養に努めたが7月28日の教会での食事当番が終わるまでは体調が悪かった。7月は私が担当しますとしていたので食事当番を休むわけにはいかなかった。40人分のシ-フ-ドカレ-を作る食材の買い出し、当日車で教会へ届け、車を家に置きに帰り歩いて9時に教会へ行った。今回は城南地区の教会の協議会があるとのこと他教会からも人が見えるので美味しい食事を用意したい。ポテトサラダとパイナップルの缶詰を小皿に付けた。

 河瀬さんと伊藤さんが手伝ってくれたが「大変美味しい!」と好評であった。ス-プカレ-に近かったがアサリやイカ、エビの味がコクを与える。「小林さん!これなら商売が出来ますよ!」河瀬さんが自画自賛する。責任が果たせてほっとして家に帰って即寝てしまった。

 食欲が戻り普通の感覚になったのは昨日8月2日だ。これなら孫達の夏休みに付き合えそうだ。8月4日~8日まで長野へ出かける予定だ。

夏風邪

 7月15日山小屋に帰った日から夏風邪を引いた。背中が寒くてスト-ブを焚いたが寒さが抜けなかった。翌16日には鼻水が酷くテイシュが足りなくなるほどだった。それでも畑に出向きイノシシの被害が拡大していないのにホットした。やはりネットの効果は有るのだ。その後牟礼のシャインマスカットの畑に向かった。

 やはり草は大きく伸びており草刈りから始めないと農作業は出来ない。二回目のジベレリン後房は大きく成長を始めており粒抜きをしなくてはならない。袋掛けよりも粒揃い(内向きの粒や小さな粒を落とし40粒くらいにする作業)が先決だ。幸い18日~20日まで教会の人達が手伝いに来てくれる。「仕事を残しておいてください」と冗談で言われたが仕事は山ほどある。この時期ぶどう農家は一番忙しい。

 牟礼の畑を確認して弟の家を回った。昨日収穫したニンニクを縛り軒下に干した。ジャガイモも泥を落とし感想するようにした。「18日に教会の人達が手伝いに来るので草刈り機を牟礼の畑に運んでおいてくれ!」弟に頼んだ。

 18日に教会の人3人が車で来てくれた。「早速畑に行って作業しましょう!」皆さん張り切っている。3時ころ畑に着いて草刈りから始めることにした。阿部さんが草刈で村山さんと阿部さんの奥さんに粒揃いをしてもらった。梅雨空で雨が降ったり止んだりのなかどうにか仕事の目途を立てた。「明日は残りの草刈とぶどうの粒ぞろいをしましょう。袋掛けはそれ以降ですね。」としてまだらおの湯に入りに行った。

 山小屋に戻ってからバ-ベキュ-は雨が降っているので止めて室内のコンロでやることにした。息子が去年山小屋に来た時置いて行ったものだがテ-ブルで肉が焼けるのでこんな時は役立つ。阿部さんの奥さんはお肉をはじめ沢山の食糧を用意してきてくれた。お肉は味付けされており牛カルビ、鶏モモ肉、豚肉と柔らかくて美味しい。蓼科にリゾ-トマンションがあるのでバ-ベキュ-は手慣れたものだ。ニンニクの入ったバ-ベキュ-用のお味噌まで作ってきてくれた。それに沢山の奈良漬け、ヒジキとお豆の煮ものオムスビ用のノリ等準備万端で来てくれた。

 19日は松野君のブル-ベリ-畑で1000円で採り放題をやった。今年は天候不順でブル-ベリ-の成長が遅れている。それでも一人2kgほど収穫した。その足で牟礼の畑に向かった。「草刈り機の調子が悪いから道具箱を持って来てくれる?」弟に電話した。どうも燃料がプラグに被りすぎてエンジンがかからなかったようだ。阿部さんは昨日の残りの草刈を始めた。午前中に手の届く範囲のぶどうの粒揃いをしてもらい昼食となった。私は風邪が治らず身体がだるい。おにぎりをいただいた後車の中で寝てしまった。

 昼から袋掛けをしてもらったが2時ころに400枚は終わってしまった。「袋掛けをしてしまいましょう!」との掛け声で山小屋へ袋を取に帰った。1000枚持ってきたが400枚かけて止めた。雨が酷くなってきたのだ。まだらおの湯へ行き温泉に入って山小屋へ引き揚げた。この日もバーベキュ-は室内で行った。スト-ブを焚き室温は30℃までなったが、体調が悪く食欲がわかず皆に心配をかけてしまった。

 20日は「袋掛けをして帰りたい!」との希望であったが私の体調が悪く「ブル-ベリ-狩りとジャガイモ掘りをして涌井の蕎麦を食べて帰りましょう」にしてもらった。ブル-ベリ-は毎日熟す。この日も沢山採れた。イノシシに荒らされたジャガイモを掘ってみると結構良く出来ている。「ジャガイモ掘りは面白いね」と村山さん。掘ったジャガイモを洗い終わる頃11時半になった。お蕎麦屋さんへ行って天ぷらとざるそばを頼んだが私は半分も食べれなかった。やはり食欲が落ち体調が悪い。1時半に皆さんと別れて山小屋へ引き返し即寝てしまった。やはり普通の人の体力は無いのだ!それに夏風邪が加わって最悪となった。でも教会の人達は楽しかったと喜んで帰っていたのが慰めであった。

ジャガイモはイノシシに荒らされる

 7月15日、今回最後の大仕事になるぶどうの粒揃い、袋掛けに田舎へ帰った。前日同級生の松野君から「ジャガイモがイノシシにやられている。周囲をロ-プか何かで囲った方が良い。」「そうですか少しくらいは猪にあげても良いよ。明日帰りますからロ-プでも張ります。」と電話で返事をしていた。

 夕方6時ころ畑に着いた。見るとジャガイモ畑の半分くらいが掘り返されている。このままだと全滅になるかも知れない。山小屋へスコップを取に行っている時間も無い。思いついて弟に電話した。「ジャガイモを掘るからスコップを持って来て掘るのを手伝ってくれ!」こんな時は弟の存在は便利だ。「そうかそれじゃこれから行くよ」と6時半ころ来てくれた。「ア-ア-ひどくやられているな-、残った奴は網か何かを掛けておけば大丈夫だ。」そう言ってジャガイモ掘りをしてくれた。そこへ隣の畑の伊藤さんがネットを持って来てくれた。「このネットは使い古しだが周りを蔽い土で抑えておけば大丈夫と思います。今年は多くの畑がイノシシにやられてます。」「イノシシはジャガイモを食べるためでは無くミミズを食べるためだな!無農薬、有機栽培だからミミズが沢山いるもの。」弟が感想を述べる。

 ジャガイモは中々芽が出ず心配だったがその後順調に育ち立派なイモになると期待していた。まさかイノシシに荒らされるとは思っても居なかった。無防備な畑は駄目なのだ。自然相手の農業は収穫するまで分からない。駄目だと思っていたのが良かったり、良いと思っていたのが悪かったり下駄をはくまで分からないのだ。

 弟についでにニンニクの収穫を手伝ってもらった。駄目だと思っていたが意外と普通のニンニクに育っていた。「下のログハウスで干場を作って干してくれ!束ねて縛れば干せると思う。」暗くなる前にどうにか終わった。

幸運を祈る

 昨日は久しぶりに世田谷の孫娘が遊びに来た。幼稚園が終わってから迎えに行ったがまた一段と成長している感じだ。車の中では水色の幼稚園の帽子を私に被せたり、赤、黄、水色、緑とで構成された小さ目のフラフ-プを肩掛けして「ピエロさんが運転しているみたい!」と大きな声で笑って喜んでいる。「危ないから止めなさい!」とママに注意されても気にしない。

 この孫娘は創造性豊かだ。何か自分で面白いことを考えだして行動する。「ジジの研究室は道具がいっぱいあるね!」と私の部屋に入ってきて面白そうな物を持ち出していく。研究室とは恐れ入る。ハンドドリルと木を持ち出し穴を開けてみる。「ジジ!ネジを持って来て!」私に命じる。ドライバ-でネジを締めようとするが上手くいかない。もう一度ハンドドリルを回して穴を深くしてやり直す。どうにかネジが立つともう一つの板を取り付けようとする。ネジでは無理だと分かるとセロテ-プを持って来て二つの板を固定する。ネジ部は二つの交差する板のストッパ-になっていた。一つの長い板にエア-マットをセロテ-プで巻きつけ少し隙間を設けている。そこにバネで出来た先端部に磁石を付けた長い拾い棒を挿しこみ「ハイ、ジジ歌を歌って!」と命令する。私が拾い棒をバイオリンの絃のように動かし「故郷」を唄うと孫娘は自分で絃を動かし「カエルの歌」を唄っていた。

 大工仕事がよほど面白いのか今度はトンカチと大きなバネを持ち出し板に取り付けようとしている。廊下でやっているので響いてくる。「あ-止めて!廊下が壊れるからちゃんと板の上でやって!」妻があわてて注意している。とにかくおとなしくジ-としていることは無い。次から次と考え出す。

 夕ご飯に孫娘も食べるだろうと思われたポテトコロッケを作ることにした。ジャガイモを茹でて潰し、合挽き肉とタマネギを炒めて具材を作ったがここで大きな失敗をしてしまった。砂糖大匙2杯を間違って塩大匙2杯にしてしまった。コロッケを揚げて試食してみて分かった。今までこんな間違いはしたことが無かった。お蔭でポテトコロッケは全部だめになってしまった。さすがに自分の失態に落ち込んだ。注意力の低下と勘が働かなくなっている。

 夜、田舎のソバの会の友人から電話があって同級生の賢次君がガンだと言う。人一倍頑健な友人だがガンは肉体の強弱には関係なく出来るのだ。愕然としたが何とか乗り切って欲しい!幸運を願うばかりである。不安な気持ちで孫娘を送って行った。

黒酢ニンニク

 先週までの農作業と山小屋の掃除で本当に疲れた。帰京してから良く眠ること、栄養を摂ることに専念している。睡眠は15時間ほど摂っているがまだ疲労感は抜けない。今週一週間は休養に充てる予定だ。

 シャインマスカットのジベレリン処理の手作り識別マ-カ-は能率が悪く実用的で無いことは分かった。小さくて摘むのが大変なのと装着するのが簡単ではないのだ。100個も行えば手が痙攣して作業が出来なくなった。昨日教会の人がクリップを持って来てくれた。「これを試してみてください。自分の会社で扱っているんです。」見ると自分のイメ-ジしていたものと似ている。作業性がどうかは次回長野へ帰った時に試してみたい。装着、脱着は問題なさそうだが摘むのがどうかだ?便利であれば有難い。ブドウ農家にも聞いてみたい。

 牟礼の畑の第二回目のジベレリン作業が残っている。でも今回は弟に任せようと思っている。子供食堂が13日にあるので欠席するわけにはいかないのだ。その後粒揃いと袋掛けがある。まだまだ忙しい日々が続く。

 涌井の畑で伊藤さん夫婦がニンニクを作っている。種用ニンニクは青森から取り寄せたとのこと立派なニンニクになっている。「小林さん!自分が作った黒酢ニンニクなの。1日1個食べると元気になりますよ!」といって100個ほどの黒酢ニンニクを貰った。食べてみるとなかなか美味しい!これは価値があると思った。今度会ったらお礼を言わなければとあらためて思った。ニンニクの栽培は肥料が大切だ。自分の作ったものは茎が細く貧弱だ。畑に十分な施肥をしてなかったことがすぐわかる。今度作る時は充分肥料を施す積りだ。

 ジャガイモは順調に成長している。収穫が楽しみだ。

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